婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
 炊飯器から立ち昇る匂いに耐えられなくなるとよく耳にするが、幸いにも私にはそういった症状はみられなかった。

 それでも不安な気持ちが拭いきれなくて、換気扇を強にして運転をさせていると、すでに顔を洗った様子の新さんが姿を見せた。

「おはようございます」

「おはよう」

「すみません、今日はちょっと質素なメニューです」

 申し訳なく伝えると、新さんは出来上がった料理を覗き込んで首を傾げる。

「別に普通だと思うけど。普段手が込み過ぎているだけじゃないか?」

 作れたのは鯖の塩焼きと大根と白菜の味噌汁だけ。あとは納豆と、作り置きの青菜の胡麻和えと炊きたての白飯。

 作るのが辛かったのもあるが、それよりも味見をするのに抵抗があって、これだけ用意するだけで限界だった。

「顔色が悪いな」

 料理を目の前にして嘔吐したとは言いづらく、「いつもより気持ちが悪いみたいです」と吐露する。

 すると心配そうな目つきになった新さんが、いたわるように頭を撫でた。

「無理に作らなくていから」

「すみません」

 そう言ってもらえるのはありがたかったが、思うように動けないもどかしさに苛立ちが募ってどうしようもなかった。

 そんな状態が数日続いたある日の昼下がり。ソファで横になりながら気を紛らわそうとテレビドラマを見ていると、インターホンが来訪者を知らせた。
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