婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
「すみません。ちょっとお手洗いに……」

 火山が噴火するかのごとく猛烈に湧き起こる吐き気を堪えきれなくて、咄嗟に口元を手で覆った。

 白石さんの返事を待つ暇もなくその場を後にして、小走りでトイレに駆け込んで激しく嘔吐した。

 涙が止まらない。

 もう全てが嫌だ。なにも考えたくない。早く家に帰りたい。

 ひとしきり戻して多少はスッキリしたけれど、傷んだ喉が焼けるようにひりついて唾を飲み込むのも辛い。

 鏡に映った顔は血の気が引いて真っ白だし、目は赤く充血している。

 こんな酷い顔で白石さんの元に戻らないといけないなんて嫌だな。ただでさえ化粧も服装も中途半端なのに。

 新さんが不特定多数の女性と関係を持っている? そんな話や素振りは一度もなかったし、白石さんの話は嘘に違いない。

 仮にもしそういう事実があったとしても、過去の出来事に決まっているわ……。

 大きな深呼吸をして心を落ち着かせてから席に戻った。

「お待たせしました」

 私の顔を見るや否や、白石さんは前のめり気味で口を開く。

「間違っていたらごめんなさい。もしかして、おめでたですか?」

 なんて勘のいい人なのだろう。
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