婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
「えっと、話を戻してもいいですか?」

「ああ」

「予定通り、性格の不一致という理由で破談にしましょうね。皆の前で喧嘩でもしてみます? いつも温厚な新さんが怒ったら、本当に気が合わないのだと印象付けられるのではないですか?」

「その必要はない」

 私なりにいろいろ考えてきたのに。あっさり却下された。

 まあ、新さんに任せていれば大丈夫よね。

 私とは比べ物にならないくらいしっかりしているし頼りがいがある。その点はとても尊敬している。

「それではよろしくお願いしますね」

 私の言葉に返事もせず立ち上がった姿を見上げる。

 減るものじゃないのだから、ひと言くらい安心させる言葉をくれてもいいのに。

 溜め息をつきたいのを我慢していると、骨ばった手が目の前に差し伸べられた。わずかな緊張が走り、口を真っ直ぐに結びながら手を重ねる。外気にさらされて冷えきった私の手とは違ってとても温かい。

 グイッと力強く私の身体を引き上げた手はすぐさま離れた。

 偽りの婚約者相手でも新さんはエスコートを忘れない。

 無愛想なだけで根は優しいのよね。

 不意打ちで高い体温に触れて胸がトクトクと小さく脈打つ。

 私も彼もいつまでも結婚から逃げ続けるわけにはいかない。

 新さんはどんな女性と結婚するのかな。

 優雅な足取りで先を行く、広い背中を静かに見つめた。
 
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