婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
「わざわざこうして出向いていただいて申し訳ないのですが、妻として私から言えるのはひとつです。愛人の話をお受けすることはできません」

 白石さんはキョトンとした表情を浮かべて、「えっ」と短い声をあげた。それから不思議そうに首を傾げる。

「彼が愛人を作るのを容認して、結婚を受け入れたわけではないのですか?」

「あたり前です」

 だんだん気持ちが苛ついてきて、つい口調が厳しくなる。

 でもいつまでもこんな話を続けられないもの。

「おかしいですね。奥様の考えがこうなのに、新さんは奥様との結婚を選んだのですか……」

 白石さんはひとりで考え込む。

 おかしいのはあなたよ、と叫びたい。

 残り三分の一となっていたオレンジジュースを頑張って飲み干してバッグを手にする。財布から千円札を取り出して伝票の上に置き、腰を上げた。

「それでは失礼します」

「待ってください。認めてもらわないと困ります」

 僅かに眉間に皺を寄せて私を見上げる顔を一瞥する。

「私も困ります。どうしてもとおっしゃるのであれば、新さんを交えてお話しましょう」

 白石さんは眉をしかめて酷く憂鬱そうな表情を浮かべた。
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