婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
 常識の範囲を超える発言をしているし、得体の知れないものと対峙している感じがずっとあったから、ここにきて初めて笑顔以外の顔を見せた普通の人間らしい反応に逆に安心する。

「そうですね。分かりました」

 愛人の件を諦めたのか、新さんを交えて話をすることに納得したのかは分からないけれど、そこをあえて追及するのは嫌だったので、会釈をして席から離れた。

 店の外に出て新鮮な空気を吸っても気分は悪いまま。

 とにかく早くマンションに戻ろう。

 さすがに来るはずがないのに、白石さんが追いかけてくるような感覚が抜けなくて気持ちばかりが焦る。足をもつれさせながらエントランスを抜け、エレベーターに乗って階数のボタンを押す時になってはじめて指先が震えているのに気がついた。

 付き合いが長いだけで私は新さんについて深く知らない。

 それでも結婚してから毎日一緒に過ごしているうちに、彼の内面に触れてきた。だから自分がこれまで目にしてきた新さんを信じたい。

 頭ではそう思っているのに、どこかで白石さんの話が事実なのかもしれないという疑念は拭いきれない。
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