婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
 実家からマンションへの道のりは車で三十分ほどかかる。お母さんは車の運転が苦手なので運転手に頼んだそうだ。いろんな人を巻き込んで申し訳なくなる。

 玄関で出迎えたお母さんの両手には大きな紙袋が握られていた。

「ありがとう。すごい荷物だね」

 目を丸くすると、お母さんは愉快そうに笑う。

「もしもの時に泊まっていけるように着替えを持ってきたの。あとはつわりでも食べられそうなものと、今晩の食事を作るための食材よ。こっちになにがあるか分からないから大荷物になったけど、いらないなら持って帰るから安心して」

 私以上にいろいろと考えてここまで来てくれたみたいだ。

 お母さんの顔を見たら安心して目の奥が熱くなった。

 リビングのソファで横にならせてもらいながら現在の状況を説明する。

「水すらも戻してしまうなら、早めに病院へ行った方がいいわ。食事はとれなくてもいいけれど、脱水症状が一番怖いからね。お母さんもつわりが酷くて、毎日のように点滴に通っていたの」

「そうなの?」

「つわりが軽いか重いかは体質だから、こればかりは気力でどうにかなるものではないの。だから辛かったら我慢せずに辛いって言っていいのよ」

 辛いって言っていいんだ。

 張りつめていた糸が切れ、我慢できなくなって涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

 つわりは病気じゃないし、母親になる人が誰でも通る道なのだから、自分だけ泣きごとを言って甘えてはいけないと思っていた。
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