婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
 二本目の点滴をはじめてからしばらくして我慢できないくらい腕が痛くなりはじめた。看護師さんを呼んで事情を説明すると、血管が細いため液が漏れ出ているらしい。

「違う場所に刺し直しますね」

 飢餓状態のせいか血管は元気がなく見えづらいので、点滴の針を刺すのも一苦労。三回目にしてようやく刺さった。

 痛かったけれど、つわりの辛さに比べたら可愛いもの。

 再び睡魔がやってこないかと願いながら目をつぶっていると、部屋の扉を遠慮がちにコンコン、とノックする音が響いた。

 この叩き方は看護師さんではなさそう。

 お母さんが戻って来たのかと、力なく「はーい」と声を上げる。

 返事はなく、足音が顔のそばで止まったので目線だけ動かして誰がきたのかと確認する。すると、そこにはスーツ姿の新さんが立っていた。

「大丈夫か?」

「どうして……」

 まだ連絡をしていないのに。

「お義母さんから連絡をもらった」

 お母さん、そこまで気を回してくれたんだ。

「そうだったんですね。お仕事が忙しいのにすみません。会社は大丈夫ですか?」

「そんな心配しなくていい。仕事より茉莉子の身体の方が大事だろう」

「でも」

「いいから、余計な心配はするな」

「……はい」

 新さんの顔を見たら無性に胸が締めつけられて涙が溢れてきた。
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