婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
「だったら、ひとつ頼みがある」

 ぱっと顔を上げて「なんですか?」と詰め寄る。そんな私に静かな眼差しを送りながら新さんは言った。

「茉莉子からキスをしてほしい」

 斜め上をいく発言に、しばらく呆気に取られる。

 この一年を振り返ってみて、確かに私からキスをした記憶はない。

 自分からだなんて恥ずかし過ぎるし、どうやってすればいいのかも分からない。

「本気ですか?」

 もしかしたらからかわれているだけかも。

 そう思って訊ねても、感情の読めない瞳を真っ直ぐに向けられるだけ。

 これは本気と受け取るべきなのかな。

「それが新さんへの贈りものになるのでしょうか」

「俺が欲しいのは茉莉子だからな」

 身体がかあっと燃えるような恥ずかしさに襲われた。咄嗟に顔を背けて「え、えっと、あ、そのっ」と、しどろもどろになる。

「嫌なら無理強いはしない」

 無自覚なのだろうけれど、新さんへの気持ちを試されているような状況に追い込まれる。

 そんなふうに言われてしまっては頷くしかない。
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