婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
「ぼーっとしてどうしたんですか? コーヒーでも入れます?」

 昔に思いを馳せていると、幸真を寝かしつけた茉莉子がリビングに戻ってきた。

 返事をしなくても、キッチンから香ばしい匂いが漂ってくる。

 昔からこうして俺の些細な異変を感じとるところは本当に凄いと思う。

「どうぞ」とコーヒーカップをテーブルに置き、自分はカフェインレスのミルクティーをすすりながら俺の隣に腰掛けた。

「少し、昔を思い出していた」

「昔ですか」

 不思議そうに首を傾げる茉莉子の頭をそっとなでる。脊髄反射のごとく耳まで赤く染めあげて、気恥ずかしそうに目を伏せた。

 もう母親になったというのに、いつまでも少女みたいな反応。そのアンバランスさがまた妙に魅力的で俺の心を揺り動かす。

「茉莉子を振り向かせるために必死だった、情けない思い出だよ」

「え……」

 石のように固まったかと思えば、すぐに我に返って射るような視線を送ってきた。

「そういえばずっと気になっていました。いつから私を好いてくれていたのですか」

「初対面から?」

「どうして疑問形? 嘘ですよね?」

「いや、嘘じゃない」

「信じられません」

「そうだろうな」

 茉莉子は複雑な表情を浮かべている。
< 165 / 166 >

この作品をシェア

pagetop