婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
 女性の名前を目にして反射的に心臓が音を立てた。

「悪い、ちょっと出てくる」

 素早い動作で携帯電話を掴んで立ち上がると、「どうした?」と相手に言葉をかけた声を最後にリビングの扉は閉まった。

 仕事用とプライベート用のふたつを使い分けているので、プライベート用にかかってきたのなら電話の相手は彼の個人的な知り合いだ。

 誰だろう。わざわざ話が聞かれない場所にまで移動するなんて……。

 これまで女性の影なんてなかったので女性関係について一度も考えなかったけれど、親しい女友達がひとりやふたりいるのはなにもおかしなことではない。

 むしろ私の方が、結婚を意識する前は新さんに好きな人や交際している女性がいるのだと決め込んでいたくらいだしね。

 ざわつく胸をなんとか落ち着かせて、戻ってきた新さんに微笑みかける。

「早かったですね」

「たいした用件じゃなかったからな。俺はもう休もうと思うけど茉莉子はどうする?」

「私もそうします」

 早い時間だしまだ眠くはなかったけれど、なんとなくひとりでいたくなかった。
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