婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
 新さんは眉をひそめて「悪い」と溜め息交じりに言うと、サイドテーブルに置いてある携帯電話を手に取る。

 見るつもりはなかったのに、ちらっと視界に入ったディスプレイには【白石美麗】の名前が並んでいた。

 ドクンッと大きな音を立てた胸は握り潰されたような痛みが走り、苦しくて息継ぎがうまくできない。

 落ち着かなくちゃ。あからさまに動揺したら変に思われる。

 さっきまであんなに官能的な雰囲気を醸し出していたオレンジ色の間接照明が、今は不穏な空気を漂わせる手助けをしている。

 電話に出た新さんが一言も発しない間、相手の声が微かに漏れてきた。

 声質までは分からないが、のんびりとした女性らしい話し方なのは聞き取れる。

「その必要はないと何度も言っているだろう」

 ずっと黙っていた新さんがやっと口を開く。

 ぶっきらぼうな物言いはいつも通りなのだが、そのいつも通りが問題だった。

 新さんが余所行き顔をしていない。つまり、相手の女性にも私のように気を許している証拠だ。

 しかもさっきから『会いたい』だの『家に行かせて』だのと、心がざわめく言葉がたくさん耳に入ってくる。
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