婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
「そこまでしてくれなくていい」

 突き放すような声音なのだが、女性はクスクスと楽しそうに笑っている。

 新さんが本気で言っていないと分かっている? ふたりの間ではこういうやり取りが日常なの?

 頭が酷く混乱している。

「とにかく、必要があれば俺の方から出向くから」

『分かったわ。待っているから』という台詞を最後に通話は切れた。

 はあ、と大きな溜め息を吐いて携帯電話を手放すと、新さんはベッドを軋ませながら近づいてきた。

 数分前まで彼の全てを感じていたつもりになっていたのに、目の前にいる人物がまるで知らない人のように目に映る。

「お友達ですか?」

「友達とは言えないな。しいていえば知り合いだ」

「ただのお知り合いに、素を晒しているのですか?」

 新さんの顔が一瞬強張った。

「もしかして以前お付き合いされていた方ですか?」

「それはない」

 元交際相手ではないのならいいのかな。でも、もしかして身体だけの関係を持っている相手とか……。

 聞きたいけれど違っていたらものすごく失礼だ。それに顔も知らない女性のせいで口論などしたくない。

「気になるか?」

 そうは思っても、こう聞かれては頷かずにはいられない。

「とても気になります」
< 86 / 166 >

この作品をシェア

pagetop