【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
まずコーヒーカップを手に取り、ひとくち、ゆっくりと口に含む。スっと喉を通り、休日のだらけた体をシャキッとさせる。ああ、何とも言えない開放感。至福の時間である。

「気に入ってくれましたか?」
「はい。さすが桐山さんのコーヒーです」
「良かったです。はい、カフェオレ」

そう言って由希くんの前に置かれたミルク感たっぷりのカフェオレ。待ってましたと言わんばかりに由希くんはすぐに口をつける。これで仕事が捗るぞ、そう言ってパソコンに向き合い始めた。どうかモデルの方の恋が実りますように。

しかしそのやる気は何処へ。10分ほどしたら画面から離れて天井を見上げ始めた。しばらく黙ってその天井を見つめていた彼は、突然私の方へ体ごと動かした。

「ところで奈央ちゃん」
「?・・・はい」

いきなりどうしたんだ。何かを思いついたかのように、そのまま勢いよく声をかけてくる。思わず体が後ろへ少し仰け反ってしまった。

「俺たち人は何のために生まれてきたと思う?」

予想にもしていなかった哲学的な質問に思わず「え?」と素っ頓狂な表情をしていたと思う。本当に突然どうしたんだろう。カウンターの奥に立っていた桐山さんは「またでたよ」と呆れたような顔をしていたから、きっと由希くんは通常運転なのだろう。

「・・・いきなり難しい話をしてきたね」
「まあまあ付き合ってよ。で、何だと思う?」

急かすように煽る由希くんに、無い頭をひねりにひねって見る。どういう答えを望んでいるのだろうか。由希くんは「人間だから、それぞれ考えがあるから。完璧な答えはないよ」と告げるが、それでも難しいように思う。

「祖先が築いてきたものを未来に引き継ぐため?」

何とか絞り出した答えに、彼は満足そうに何度か頷く。

「なるほどね。確かにそうだ。文化や医療技術、この時代に起こった喜劇や悲劇。それらを受け継いで、また生まれてくる人間に引き継ぐために俺たちは生まれた」

「悪くない」と面白そうに告げる由希くんは、すでに自分の意見があるような素振りをしていた。桐山さんは「それじゃあ、」と話に加担する。
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