【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
「由希の考えはどうなの?」
「もちろん固まってるよ。今のところはそれ以上の答えは見つからないね」

そう聞かれるのを待っていましたと言わんばかりに、嬉しそうに笑う。それでもその表情も目も、面白半分ではなく真剣そのもの。そして彼は一息ついた後、その真っ直ぐな瞳のまま告げる。

「ーーー自分以外の他の誰かを幸せにするため」

そう思うんだよね。そう言って、カフェオレを飲んで一息ついた。

そして彼はさらに続けた。

自分で自分を幸せにすることはできないのだと。

例え今、自分で幸せを掴んでいる思っていてもそれはきっと自己満足にすぎない。その自己満足の先で待っているのは寂しいことに虚無感だけ。

それじゃあじゃあ俺たち人間はどうしたら幸せを得られるのか。

それは周囲の人間からもたらされるものだと。そう言い切った由希くんの言葉には、同じ年に生まれた私よりずっと長い人生を歩んできたようなそんな納得感があった。その言葉はするすると私の中に溶け込んで、それが完璧な答えに近いのではないのかと思うくらいにしっくりときた。

「誰かを幸せにするため、か・・・」

そう呟いていた桐山さんも私と同じ事を感じていたらしい。

「俺だって小説家の駆け出しの頃は、何作も書きまくっていた。作品が評価されて書籍化、それが幸せへの終着点だと思っていた。でも今は違う。この本の読者・・・たった1人でもいい、誰かが夢を持ったり勇気を出したり、その人の幸せに繋がっていくかもしれない。その人の行動で周囲の人間に幸せをもたらしてくれる」

何かしらその人が踏み出すきっかけの1つになればいいと思う。他の誰かの幸せになるまでの糧になれる存在で居たい。由希くんの強い意思を込めた目を見て、私も桐山さんもただ黙っていた。

「じゃあもし、自分の行動によって幸せになる人がいて。その裏で不幸の人が出てくるってことはないのかな」
「それはまた他の誰かがその人を幸せにする。全員を幸せにするなんてそんなことはできない。思い人を幸せにしたいのなら、少なからずとも多少の犠牲は必要だ。その犠牲がもしかしたら自分自身かもしれない。全く知らない第三者かもしれない」
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