【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
「水樹くんは外食結構するの?」
「店に立たない日は外食することもあるよ。奈央ちゃんは?」
「外食っていうよりコンビニとかお惣菜で済ませることが多いかも。仕事で疲れた時は料理するのも面倒になっちゃって」
怠惰な女子力もない生活を送る話を暴露しながら、お店の店員に促された席に座る。イタリアンとは言ってもショピングセンター内の飲食店であり、値段もリーズナブル。時間が時間であり、家族連れて店内はごった返していた。2人だからスムーズに席に着くことができたのだろう。
水とメニューを店員さんから受け取る。ピザとパスタを主にしたメニューがずらりと並んでいた。昼間にかかわらずアルコールも提供されているらしい。一枚にラミネートされたメニューを向かい合っている両者が見えるように配置した。
「・・・水樹くんはどうする?」
覗き込むようにお互い前かがみになることでに思っていた以上近くに顔があり、少し声が震えてしまう。明るい照明の下、近くで見るとより一層顔の良さが際立っていた。額から前髪が離れることでいつもより目がはっきりと見えている。
「そうだなぁ。沢山あるから悩むな。奈央ちゃんも好きなもの頼んでいいからね」
しかし彼はいつものように通常運転である。結局ピザかパスタか決めきれない私に水樹くんが「じゃあ両方頼んでシェアしよう」と提案してくれて、私は彼の優しさに甘えてしまった。こんなに仏様のように優しいのならばきっと彼女は幸せなんだろう。
そうふと思ったとき、ある疑問が生じる。
「水樹くんって彼女いるの?」
頭に思い浮かんだ疑問をそのまま口に出してしまった。しまったと頭を抱える。考えてみれば彼女がいる人が、こんな人が多いショッピングセンターで私をランチに誘うはずもないのだ。昼間から「彼女いるの?」なんてどんなナンパだよと、後悔の波で溺れそう。
「ご、ごめんなさい唐突に、」
「いないよ」
「・・・そ、そうなんだ」
「いないよ」と彼は迷いもなく言った。聞いたのは私なのにそっけなく返事を返してしまった。なぜか胸をなでおろしたようにホッと安心してしまったのは気づかないふりをすることにする。きっと機嫌を悪くしていないことに安心したのだろう。