【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
「いや、水樹くん優しいから、彼女になった人は幸せなんだろうなって思って」
そのあとにタイミングよく注文していた料理が運ばれてくる。店員さんありがとう。モッツアレラチーズがたっぷりのったピザと、ミートソースパスタ。取り皿を2枚頼んでくれた水樹くんが、あろうことか率先して取り分けてくれた。本来ならば私がするべきことなのだが、とても美味しそうに盛り付けられている。自分じゃこうは綺麗に盛り付けれない。水樹くんの手際の良さに脱帽である。私がよそっていれば大惨事になって、女子力の低さに絶望されるところだった。
「自分で優しいなんて思ったことはないよ」
すでにこの話題は終わったと思っていたが、彼の中ではまだ続いていたらしい。そして水樹くんは自分自身のことを「優しいとは思わない」と言う。自分でそう言った以上、出会って間もない私が「優しい」と押し通せるような付き合いではないのだ。「そうかな?」とふわりと返してパスタを頬張る。大人になった今でもやっぱりミートソースが一番好きで、思わず頰が緩んでしまった。
「意外と腹の中は黒いかもしれないよ」
そう言って水樹くんはクスッと笑いをこぼしていた。
水樹くんの言葉を聞いて、先日の帰り際に由希くんが言っていたことを思い出す。水樹くんと付き合いが私の何倍も長い彼はあの日言っていた。「水樹は結構ずる賢い奴だよ」と。そう由希くんは笑っていた。その時私は「そうなんだ」と真に受けずに適当な言葉で返したことを覚えている。
そもそもそれを判断するほどまだ深い付き合いではないのだからわからなくて当たり前なのだ。たとえ由希くんの話が事実だとしても、それでも私に接してくれる水樹くんが優しいのもまた事実なのだ。
「そうだとしても、水樹くんは私に優しく接してくれているよ」
「奈央ちゃんは騙されやすいタイプだよね。いつかがっかりさせちゃうかも」
「そんなことないよ。あんなに美味しいコーヒーを淹れることができるんだから」
そう言うと「ずいぶん僕のこと買ってくれているんだね」と言いながらも、嬉しさが滲み出たような表情をしていた。そんなに気を許したような柔らかい笑顔を向けられて、順応できない私の心臓は大きく揺れ動く。
どこをどうみても、紳士で優しいくて綺麗な人である。腹の中が真っ黒なんて、
ずる賢いなんて思えない。由希くんの嘘つき。