【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
顔をずっと曇らせているのを見て、由希くんはどこか呆れたような表情になりため息をついた。
「何がご不満なわけ?性格はともかく顔はいい方だと思うんだけどな」
「いや別に顔を重視しているわけでもないし、性格も良いと思うよ」
「そう?まぁ恋愛なんて所詮勢いなんだから、そんなに慎重にならなくても良いんじゃない?」
「そりゃ慎重にはなるよ」
なりふり構わず「好き」だと言う気持ちで返事をしてしまえば、どれほど楽なことか。
ピカピカな社会人になって大人の仲間入りを果たしたかと思えば、いつの間にかアラサーになってしまった。周りは結婚ラッシュで、中にはすでに2人も子供ができている夫婦をいる。もともと恋愛気質ではない私は春人と別れてから、最初は気を使って合コンや婚活に誘ってくれていた友人も私がその気がないのを知ってからかパッタリとそう言うお話は無くなってしまった。
「電話をするたびに母親も孫はまだかと言われるの。30歳手前になると考えたくなくても考えてしまうなぁ」
「つまり、未来への確約がないとダメだってこと?」
「・・・さすがにそれは、」
言葉に詰まる。由希くんが核心を突くような言葉を私に浴びせたから。そのあと「ない」と否定すことができなかったのは、つまりそう言う気持ちが少しでもあるのだろうか。未だ付き合ってもない、返事すらもしていない、それなのに未来への約束がないと不安になる。とてつもなく嫌な女じゃないか。しかしやはりすぐに返事ができない理由は、今までそう言う対象として見ようと私がしてこなかったことにある。
それに、勢いだけで「好き」だなんて、そんな軽率に返事をしたくない。もっとこの気持ちを整理をしっかりして、その上で伝えたいのだ。
「ずっと綺麗な店員さんがいるなって興味本位で見ていただけだった。眺めるばかりで、恋愛に結びつけようとしなかったんだよね」
「まだ元彼に未練があったり?」
「それはないよ。ただ、恋愛に関しては自分から動くことが今までなかったから、できなかったんだと思う」
要するに子供だったのだ。ろくに恋愛の仕方もわからない。だから春人にも振られることになるのだ。恋愛に疎いにもほどがある。
「・・・ま、水樹は良い奴だよ。少しわがままで頑固で子供みたいなところもあるけどね」
「でも人の悪口は言わないし、軽口を叩くような奴じゃないし、大事なものはとことん大切にするし、料理もできるし、あとはね・・・」と水樹くんの売り込みを始める由希くん。「あと物凄く健康体!」とあまりの必死さに思わず吹き出して笑ってしまう。