【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
「ずいぶん由希くんは私と水樹くんをくっつけだがるんだね」
友人のためだとはいえ、此処まで一生懸命教えてくれるのだ。そんなにつらつら並べなくても、
水樹くんが素敵で良い人で私にはとても勿体無い人だと重々分かっている。これはおとぎ話じゃないのか、なんて思ってしまうくらいに。ただ自己都合で人を待たせている私をなぜ彼と付き合うことを祝福してくれているのだろうかと疑問さえ出てくる。
「だって、」
由希くんは私の言葉に対し、これまでにないくらいに嬉しそうに笑みを漏らす。
「初めてだったんだよね。水樹が、恋愛相談してくれたこと」
「・・・れ、恋愛相談」
「気になる人が手を伸ばすと届く距離にいるのに、名前も連絡先すらわからないってね」
他にもあるよとつらつら並べられていく言葉。1つ1つの話が耳に入るだけで、熱を帯びてくる。いやいや、待ってくれ。これ以上は流石に私のキャパが追いついていかない。流石にはずかしさのピークに両手で顔を覆う。ああ、顔も手も熱い。
「ほんと、頭がおかしくなったんじゃないのって言うくらいにドロドロにげろげろ甘々な質問ばかりでさ」
「いや、これ以上は本当にタイムでお願いします・・・」
残業終わりに向かった喫茶店で、初めて話しかけてくれた時から・・・いや、それよりずっと前から水樹くんの世界の中には私が存在していたのだ。水樹くんがどうして私を好きになったのか、そのきっかけは分からないけれど、こんなに知らないうちに私を知ろうとしていてくれていたことに胸の奥が温かくなる。
「僕が淹れたコーヒーで、大切な人を笑顔にしたい。今はそれだけです」
初めて名前を教えてもらった日、水樹くんがそう言っていた。精神安定剤のように水樹くんが淹れるコーヒーを渇望していた私は、喫茶「ベコニア」に来るたびに幾度となく幸せを貰っていたのだ。口に含むだけで、体全体が安心するように力が抜ける。あの水樹くんの淹れたコーヒー。
しかし由希くんは言っていた。「自分で自分を幸せにすることはできない」と。私はコーヒーを淹れてくれる水樹くんに幸せにしてもらっている。
だったら水樹くんは誰が幸せにするのだろうか。
時折見せる嬉しさが滲み出たような笑顔を彼にこれからずっともたらすのは誰なのだろうか。