【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
「会うのを拒絶されるのが怖くて、突然押しかけた」
そう言われて私は何も言い返せず、ただ黙っていた。確かに春人からの電話は取ろうとしなかっただろうし、某メッセージアプリから連絡が来たとしても無視をするか断っていただろう。春人は私の様子を見て「やっぱり」と小さく笑う。
「ーーちょっとだけ、時間くれない?」
何かを覚悟してきたような、そんな表情で告げる春人に私はゆっくりと頷いた。
***
これ以上身体が冷えてしまったら本当に風邪をひきかねない。流石に長い時間待ってもらってそれは申し訳ない、かと言って帰すこともできない。私はそのまま彼をエントランスホールまで誘い入れた。此処ならば通行人に見られることもないし、風も通さないから幾分マシだろう。
「この前は驚いたよ。偶然あんな所で会うなんて」
「それはこっちのセリフ。まさか話しかけてくるなんて思わなかった」
少し距離を開けて春人の隣に座る。ショッピングセンターで偶然遭遇した時にも思ったが、付き合っていた頃に比べて少し痩せているような気がする。ちゃんとご飯は食べているのだろうか、
きちんと睡眠はとっているのだろうか。
彼は私と似ていて、仕事が忙しかったり疲れていると食事を後回しにしてとにかく寝てしまうタイプだったのだ。私が春人の家で帰りを待っている時も、仕事からクタクタな状態で帰宅してそのままベッドにダイブなんてよくあること。その時に美味しいご飯でも作ってあげれば良かった。
なんて随分可愛げのない彼女だったと思う。
「ーーあの日は、本当にごめん」
そして彼は私に謝罪をした。別れた日と同じような苦しくて後悔を滲ませたような声で。横に座っているから表情は分からないが、その声色が春人の感情全てを表していた。
「一方的に傷つけて、突き放してしまった」
春人の言葉に私は横に首を振る。
「全部私が原因だよ。ちゃんと分かってるから」
「違う、そうじゃない。俺が馬鹿だったんだ。ずっと、奈央のことをちゃんと理解していたはずなのに」
春人はちゃんと私を分かっていてくれた。嫌いになる日なんて一度もなかった。そして私も春人をのことを理解していた・・・つもりだったのだ。こんな大人になってまで、子供みたいな恋愛をしていたのは私の方だったのだ。
他の女の子みたいにオシャレな料理は作れないし、可愛くおねだりなんてできないし、他の女の人と一緒にいるところを見ても何も思わないし。彼女らしい行動を何1つしなかった私はよく当時はずっと一緒にいてくれるだなんて強気でいたもんだ。