【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
そう思っていた事が顔に出ていたのか、またはテレパシーなのか、彼は「祖父が来る日は、土日が多いですよ」とクスクス笑っていた。

「でも気まぐれな人だから、こればかりは運かもしれない」

そう言って目線を下におろす。今まで真正面でまじまじと見る機会がなかったから気づかなかったけれど、まつ毛も長くて綺麗である。天井から下げられている間接照明によって、その影が白い頬に落ちていた。

「私ももっと通い詰めたら会えますかね」
「きっと会えますよ。僕もその方が嬉しいです」
「へ?」
「はい、どうぞ。良かったら食べてください」

私の目の前に手のひらに乗るくらいのお皿が置かれた。その上にはチョコチップクッキーが2枚。焼きたてなのか、まだ温かい。コーヒーとは違う甘くて香ばしい匂いが身体中を駆け巡る。注文した覚えはないはずだ、と首をかしげると彼は口を開く。

「試作品です。女性に食べてもらった方が参考になるので」
「わ・・・ありがとうございます」

他の人には内緒ですよと言わんばかりに、人差し指を口元に当てる。クッキーをサービスしてもらえるなんて、たまには残業も悪くないと思った私は単純である。もう一度小声でお礼を告げて、頂くことにした。

冷え切っていないそのクッキーはすぐに口の中でほろほろに崩れ、チョコレートが甘い分、生地自体の甘さは控えめにしてある。コーヒーとも相性抜群である。クッキーというどこにでも売ってあり、誰でも作れるであろう、一般的菓子を少々バカにしていたと思う。

「お、おいひい・・・」

思わず声に出してしまった。同時に桐山さんの方に興奮したままのテンションで顔を向けると、彼もこちらを見ていたようですぐにバチりと目と目が会う。クッキー1枚で元気になった私のちょろさに驚いたのかもしれない。

「それは良かったです。たまには甘いものも欲しくなりますよね」
「本当です。今日は忙しくてそんなのこと考える暇もなかったので」
 
そんな日もありますよね、と桐山さんは返した後、来店を知らせるベルの方へ歩いて行ってしまった。
< 4 / 56 >

この作品をシェア

pagetop