【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
彼の美しくて綺麗で熱を帯びている瞳の中に私が映っている。重なった視線が外せない・・・いや、外させないと言わんばかりの熱量が少し薄暗い店内の中でも分かるくらいに伝わってくる。肌と肌が触れ合っていないこの距離でも伝わるのだ。緊張感が張ったようなこの空気感にゴクリと唾を飲み込んだ。

「前に、ゆきが言ってた事覚えてる? 人間は他の誰かを幸せにするために生まれてきたんだって」

私はゆっくりと頷く。

「それを聞いた時、率直に思い浮かんできたのは奈央ちゃんだった。何があっても絶対に笑顔にさせたい。一緒にこうして過ごしたい。この関係に名前を付けられるのなら、将来の約束をしたって、なんでもするから」

いつの間にかカウンターから移動して、すぐ手の届きそうな距離に水樹くんはいた。この手を伸ばせば、抱きしめる事だってできてしまう。

「ーーもう、どうしようもないくらい好きになってた」

お願いします。神様でもサンタさんでもいいんです。一旦、時間を止めてください。

どうしてこうもそんな甘々な告白を、幸せをこれでもかという滲ませた表情で言えるのだろうか。「好き」というただシンプルな言葉しか頭に浮かんでこなくなる。次は私が頑張るだなんて、あの意気込みはどうした。

ああ、もうどこが熱を持っているのか分からないくらい麻痺している。顔も手足も何もかもが
熱い。

「ず、随分ストレートだね・・・」
「その様子は、期待してもいい?」
「ね、ちょっと待って・・・ください」

最初は本当にミーハーな気持ちでしか見ていなかった。人間観察だなんて理由をこじつけて、見ていただけだったのだ。この世にこんな綺麗な人がいるのかと。そんな人が今現在では観察対象ではなくて1人の男性として私の目の前にいる。まだちょっとミーハーな部分で見ている事があるかもしれな・・・いや、見ている自覚はあるけれど。

「私、水樹くんが淹れてくれるコーヒーが一番好きだよ。なんでも嫌な事すぐに忘れちゃうくらいに、幸せになれる」

春人と別れて涙で崩れたメイクも直す気力もなく、足を踏み入れた喫茶「ベコニア」。ここで
飲んだあの時の一杯は忘れることはなかった。飲んだ瞬間のあの心地は。こんなにも幸せに満ちた瞬間を引き合わせてくれたのは水樹くんだった。
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