【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
「私を幸せにしてくれる水樹くんを幸せにするのは・・・私がなりたい」

それは他の人ではあってはならない。カウンターに他の女の人が座って水樹くんと談笑している場面を想像するだけで嫉妬心が湧いてくるほどに。水樹くんを笑顔にさせたい。どれだけ悲しい事があっても、それを吹き飛ばすくらいの存在になりたいのだ。特別な人になりたいのだ。

「水樹くんが好きだよ」

その瞬間ーーー私の身体中を水樹くんの腕が回り込んだ。

顔に水樹くんの柔らかい髪の毛が当たって少しくすぐったい。クスクスと笑うとさらに腕の力が強くなる。少しきついくらいに巻きついたその腕はいつもコーヒーを入れる器用な手とは違って男の人そのものだった。

ああ、すごく幸せだ。

「ありがとう」

水樹くんの言葉に、私は返すように腕を彼の背中に回した。とても暖かくて、気を抜けば涙が流れてきそうだ。目頭が少し熱い。

しばらくこの温もりに浸っていると、肩がかすかに震えていることに気がつく。

「・・・もしかして水樹くん、泣いてる?」
「泣いてない。・・・すっごく嬉しいよ」

少し肩が冷たいけれど・・・まあ、そういうことにしておこう。

「なんて言葉に表したらいいかわからないくらい、幸せだ」

それは私も同じだ。こんなにも思っていることを言葉にするのが難しくて歯がゆい気持ちになるのは初めてだ。この腕の中の温もりを身体全体で感じていると、好きというシンプルで簡単な愛情表現だけでは物足りなくなってくるようにさえ思う。言葉にならない嬉しさと愛しさが溢れ出す、この気持ちを汲み取ってくれるように腕の力がより一層強まった。

「でも良かった・・・奈央ちゃんは僕の淹れたコーヒーにしか興味がないと思っていたから」
「ええ・・・確かに最初はそうだったかもしれないけれど」

この喫茶「ベコニア」に通う最初の理由は確かにコーヒーだった。

でもーーー

「今は水樹くんが淹れてくれたコーヒーが毎日のみたいな」
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