【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
私の隣に立ち止まったかと思えば、カウンターの奥に身を乗り出して水樹くんの両肩に手を置いて大きく揺さぶる。

「やっとくっついてくれて俺は嬉しいよもう」

何かと思えば、私たちの祝福の言葉だった。私たち以上に喜びオーラを前面に出して、目をキラキラさせている。いや、確かに嬉しいことなのだが・・・。

「ねえ、他のお客さんに聞こえるから」

流石にこの大音量で店内で叫ぶように言われて、恥ずかしくなってくる。ほら、向こうに座っているおじさんたちも子供も興味津々でこちらを見ているのだ。落ち着いてと由希くんの身体を押さえ込むように椅子に座らせるが、いまだに興奮状態の彼は聞く耳を持たない。

「どうしたの?」と問うと、彼はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに得意げな顔になった。そしてカバンからざっと取り出した大量の紙束を私の目の前に突き出すように見せる。いきなりどうしたんだと、何度か瞬きを繰り返すも、ずっと視界は真っ白なまま。

「ふふん!なんと新作が書き終わった!」
「へえ・・!すごいじゃん!」

嬉しそうにバタバタと動かすその大量の紙束はここ数ヶ月書きためていた小説とのこと。なかなか進まないと隣で嘆いていたことを思い出す。まだ下書き段階で、数回チェックを重ねて製本するまでにはまだ時間がかかるらしい。一体どんな内容なのか、完結したとなれば少し気になったしまう。

「どんなお話なの?」
「奈央、それは聞かない方がいいかも、」

水樹くんがそう言って私を止める。その制止を遮るように由希くんは「ズバリ」と人差し指を天井に向ける。私は次の言葉を待つようにごくりと唾をのみこむ。

「喫茶店店員と客から始まるラブストーリー」
「・・・・うん?」

私の反応とは違い、水樹くんは「こいつ・・・」と顔を引きつらせていた。そう、あの日小説のモデルを知っているのかと聞いた時みたいな反応だ。しかし、まあ喫茶店店員と客なんてどこぞかでよく知っている光景。
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