コイッペキ
あれは、儚き幻だったのだろうか。
24時を過ぎて。
問題集を眺めているうちに、陽菜は幼稚園時代を思い出していた。
「あーもう、寝ちゃおうかな」
こんなに勉強したって。
何になるんだろ?
心がくじけそうになるが。
ここで、負けちゃだめだと。
ノートに何度も同じ英単語を書き込む。

ずっと、好きだった。
カッコイイ、紫恩くん。
やさしい紫恩くん。
強い、紫恩くん。
恵麻と違って、物覚えの悪い私のことを見捨てたりなんて絶対しなかった。
丁寧に教えてくれた。
待ってくれた。
ずっと、変わらない紫恩くんだと思っていたのに。
…どうして、無口になった?

隣の家に戻って。
3年ぶりに再会したあの日。
紫恩は「どうも」と小さい声で挨拶だけして。
部屋に引っ込んでしまった。
それから、一緒に登校することになって。
紫恩が全然、喋らないことに気づいた。
こっちから質問をしても、無言。
そんな紫恩をカバーするかの如く、恵麻がずっと喋り倒している。
あんな、無口じゃなかったはず。
陽菜は眠気と闘いながら。
どうしようと考えた。
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