贖罪のイデア
マイケルは二階の廊下を小走りに進んでいた。

途中でいくつか教室に入ったものの、肝心の包帯や消毒液は全く見つからない。

まるでこの世界が結託して、マイケルに意地悪をしているかのような。

そりゃそうか……だってここは、あの狐男の都合の良い様に作られた世界なんだもんな。

これ以上イデアがいる教室から離れるのは危険だ……そう判断してマイケルが廊下を引き返そうとした、その時。



ギーッ、ギーッ、ギーッ――と。



何か刃物を引きずるような重たい音が廊下の奥から聞こえてきた。

最悪だ……あの方向からではイデアが見つかる可能性があるし、見つからなくてもこのままこちらに来れば今度はマイケルが見つかってしまう。

考えた末、マイケルはスマホを取り出しライトを付けてその場に止まり……そして、廊下の奥からやってきたその生き物と対面した。

「あら……逃げなかったのね。案外勇気があるじゃない。ああなるほど、あの女をかばったのね」



その生き物はとてつもなく奇妙な姿をしていた。

見た目は醜い豚の子供だが、手にしているのはその恰好に不釣り合いに大きい肉切り包丁。

一言で言えば悪趣味なサーカスのマスコット。マイケルは、この生き物だけはイデアと会わせてはいけない予感がした。

「僕に何か用ですか?」

「ええ。長い間何も食べてなかったから少しお肉を分けて欲しくて。豚の肉屋に解体される気分ってどう? ねえねえどんな気分だブー?」

「悪趣味としかいいようがないな。それと僕の肉はおいしくないよ」



マイケルが憎まれ口を叩き、豚の怪物が奇声を上げて飛び掛かると同時に……彼はその顔面目掛けてペイントボールを投げつけた。

「グワアアアアアアアアアアッ! 何すんのよこの小童!」

「薬以外にも使えそうなものは集めておいてよかった……包丁なんてベタなものしか扱えないアンタと僕は違う」



そう言って素早く走り去るマイケルに、豚の怪物は乱杭歯を剥き出す。

「グルルルルルルッ……生意気な……!」



「あの女に変えられた私の顔を更に醜くしやがって……あの小僧、絶対ぶっ殺してやる!」
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