贖罪のイデア
ロージー・ケロッグはその日、木に首を吊って自殺した。

己のあまりに醜い姿に耐えられず、精神崩壊を起こして自殺したのだ。

マイケルは右目を刺されその日から眼帯生活を余儀なくされた。

マイケルは気にしなくていいよ、と言ったがイデアはその日以来塞ぎ込み、マイケルとも誰とも口を利かなくなった。

そして不幸は更に重なった。その三日後、教会で火事が発生しイデアの母親がそれに巻き込まれて亡くなったのだ。

燃え盛る炎の中で、マイケルは十年前の教会を見つめて立ち尽くす。

「ねえ……もういいよ」



隣を見ると、成長したいつものイデアが泣きじゃくっていた。

「これ以上僕に見せたら、君の心が壊れてしまう」



そう言って、マイケルはイデアをそっと抱きしめる。

「マイケルは……マイケルは、私が憎くないの?」



『ガブリエルの箱庭』……その奇跡の正体は『対象者の傷を癒す代わりに自分の心の傷を見せる』こと。

瀕死のマイケルを救うために、イデアは自分の心の箱庭を開いた。

今まではっきりと話していなかった、マイケルが隻眼になってしまった経緯……そして自分のせいでロージー・ケロッグを死なせてしまったこと。

それらの傷を見せることがこの力の代償。

だが、マイケルは穏やかに微笑んでイデアの言葉を否定する。



「言ったでしょ。この眼帯の傷のことはもう受け入れたし……ロージーの心が豚の様に醜かったのは事実だ。それよりも……」



マイケルはイデアの顔を覗き込んだ。

「あの狐男とはどこで会ったの? 彼はあの後どうなったんだい?」

「それは……それは……!」



イデアが言いかけたその時、教会の炎が激しさを増し世界が灼熱に包まれる。

「イデア! どうしたの、落ち着いて!」

「ハアッ……ゼエッ……ゴヒュ……!」



完全に過呼吸に陥ったイデアを抱きしめて、マイケルが叫ぶ。

「もういい『ガブリエル』! 早くイデアを解放してくれ!」



真っ暗な空から、透明な何かが無機質な声を紡ぐ。

「本当に良いのか? その者はまだ全てを『見せて』いない。このままでは完全にお前の傷を癒せない」

「構わない! イデアがこれ以上苦しむところなんて見たくない!」

「――よかろう」



その言葉を合図に再び視界が暗転し、二人はどこまでも暗闇を落ちていった。
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