贖罪のイデア
四日目の朝。

登校すると、クラスメートの三人がマイケルを見ながらヒソヒソと話しているのが見えた。

やがてそのうちの一人……大柄な赤毛の少年が立ち上がってマイケルの席にやってきた。

「聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「ええ、どうぞ」



マイケルが答えると、少年は不躾な口調で言う。

「君は転校生だし知らないだろうけど、あの女には近づかない方がいいよ」

「あの女って? もしかしてイデアのこと?」

「あの女を名前で呼ぶような関係なのか? 彼女は魔女だって噂だからとにかく関わらない方がいい」

「そうだ、特に最近は使い魔を使って良からぬことを企んでるみたいだからな。下手したらお前も使い魔にされちゃうぞ」



残りの二人もやって来て口添えすると、マイケルはきょとんとした表情になった。

「イデアは魔女なんかじゃないし、寧ろ真逆の存在だよ。それに使い魔って何の話?」

「それも知らないのか? ここ数日近辺で、狐の顔をした黒いローブ姿の化け物を何人もの生徒が見てるんだ。悪魔の様な恐ろしい笑みを浮かべて、この学校を見上げていたらしい」



心底怯えた表情を滲ませる彼に、マイケルはきっぱりと告げる。

「それが本当だったとしてもイデアは絶対に関係ない。神に誓うよ」

「信仰とは無縁のド田舎から来たくせに神に誓うだって? 馬鹿にしているのか?」



三人は明らかに不機嫌な表情になった。

「なら君がどうするかは勝手だけど、今後は俺たちに近づくなよ。穢れが移るからな」

「折角忠告してやったのに馬鹿な奴だ。あの罪深い魔女と一緒にこの神聖な学校から追い出されればいいのに」

「……!」



マイケルは思わず言い返しかけたが、去っていく三人の背中を見つめて懸命に怒りを抑えた。

少し動機が激しくなっている。

マイケルは生まれつき体が弱い。感情を高ぶらせれば命取りになる。

落ち着いてきたところで、教室の窓から中庭の美しい草木を眺めながら考える。

空白の十年の間にイデアの評判と、そして彼女自身は大きく変わってしまったらしい。

それはなぜだ?

彼女は明るく気立ての良い、誰からも好かれる人物だった。

そんな彼女を狂わせ、あまつさえ魔女呼ばわりさせてしまうほどの出来事とは一体何だ?

マイケルには今のところそれを知る術はない。イデアとは十年間離れていたのだから当然の話だ。

唯一の手掛かりは、イデアがマイケルを忘れてしまっていること。

いや……忘れているフリをしていること。

放課後、マイケルはイデアが教室を出て行くのを見計らうとその後を追った。

このままの彼女の形は絶対に『正しくない』、と。



そう叫ぶ誰かの何かの声が頭から離れなかった。
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