贖罪のイデア
肉薄するマイケルから後ずさると、イデアは一斉にその場から走り出した。
助けて……助けて……助けて……!
初めて感じた自分の中の本物の危機感に、頭がどうにかなりそうだった。
マイケルにだけは殺されたくない。なら一体どうすればいい?
マイケルは足を怪我している。だけど、もしこの瞬間も翼を使って飛んで来たらイデアなど一瞬で真っ二つにされてしまうだろう。
とにかく、身を隠さないと。
イデアは必死にイングリッシュガーデンに逃げ込むと、曲がりくねったツタや毒々しい花の中に身をひそめる。
すぐにトゲで体中傷だらけになったが、それでも我慢して息をひそめた。
ザッザッザッ……やがてマイケルゆっくりと中庭に入ってくる。
彼にはどんな奇跡も通用しない。『ミカエルの炎剣』を解除すれば元に戻るはずだが、どうやら狐男の魔力のせいで強制発動させられてしまっているようだ。
なら一体どうすれば……
『――この世界を作り上げるほどの魔力だ』
その時狐男の言葉が脳裏を過る。
この世界は彼の思考を元に創られた妄想。ならば、必ずそのモデルになった真実の姿がある。
イデアは草むらが飛び出すと、マイケルの隣のツタに目掛けて手をかざした。
「『ウリエルの鏡』!」
途端、ツタは荒々しい本性を現して暴れ出し、マイケルに襲い掛かった。
マイケルは表情一つ変えずそれを炎剣で真っ二つにするが、イデアは次々とマイケルの周りのツルやツタに『ウリエルの鏡』を浴びせ、マイケルに襲わせる。
本数が増えてマイケルの動きが一瞬止まった。が、ミカエルの力は伊達ではなかった。
一瞬力を込めると、彼を中心に激しい炎が噴き出す。
「きゃあ!」
その炎に巻き込まれ、イデアは全身に火傷を負った。
かなりの高温だったのか、全身が黒く焦げるほどの酷い火傷だ。
「う、うう……」
炎の中、悠々と歩いてくるマイケルを前に、無様に地面を這いつくばりながらイデアは問う。
「……マイケル……マイケルは……そんなに私の事を殺したいの?」
「………………」
彼は何も答えない。
イデアは彼の冷たい目を見据え、炎に包まれた中庭を見上げてから……静かに目を閉じた。
「……分かった。これは全部私の我がまま。最後の瞬間くらい、私の望む様に生きて……そして、私の望むように死にたいと思っていた。だけど、私にはその資格すらないみたい。だから」
そう言って、彼女は全身を震わせながらなんとか立ち上がり胸元に手を添える。
「最後に一つだけ、見て欲しいものがあるの。これが私の……本当の姿よ」
イデアの体が鮮烈な光に包まれていく。
そして、その光が収まった時……イデアは何の後悔も憂いもない、純白の笑みを浮かべた。
「ありがとうマイケル――最後まで私の側にいてくれて」
……パチパチパチ、と。
乾いた拍手に振り返ると、いつの間に背後に移動していたらしい狐男……ギルバート・マクラウドが二人のやり取りを見物しているところだった。
「素晴らしく美しい姿だったぞ、イデア。覚悟はもう決まったみてえだな」
「出来ることはやった……それに大好きな人に殺されるなら……それも悪くないかな、って……」
それを聞いて、狐男の瞳が一瞬揺れた気がした。
「そうか……ならば安らかに眠れ、イデア」
それを合図に、マイケルがイデアに切りかかる。
全身ボロボロで立っていることすらやっとのイデアは、それでも最後まで彼の顔を目に焼き付けようとして――マイケルはそのままイデアを素通りした。
「マイケル……⁉」
「うおおおおおおおおおおッ!」
イデアの真実の姿――幼き聖母マリアの如き神体を目の当りにした彼は、すでに正気に戻っていた。
マイケルは雄たけびを上げながらイデアの後ろにいた狐男に漸近する。
そして炎剣を振りかぶって――その赤い刃が彼の体を真っすぐに貫いた。
助けて……助けて……助けて……!
初めて感じた自分の中の本物の危機感に、頭がどうにかなりそうだった。
マイケルにだけは殺されたくない。なら一体どうすればいい?
マイケルは足を怪我している。だけど、もしこの瞬間も翼を使って飛んで来たらイデアなど一瞬で真っ二つにされてしまうだろう。
とにかく、身を隠さないと。
イデアは必死にイングリッシュガーデンに逃げ込むと、曲がりくねったツタや毒々しい花の中に身をひそめる。
すぐにトゲで体中傷だらけになったが、それでも我慢して息をひそめた。
ザッザッザッ……やがてマイケルゆっくりと中庭に入ってくる。
彼にはどんな奇跡も通用しない。『ミカエルの炎剣』を解除すれば元に戻るはずだが、どうやら狐男の魔力のせいで強制発動させられてしまっているようだ。
なら一体どうすれば……
『――この世界を作り上げるほどの魔力だ』
その時狐男の言葉が脳裏を過る。
この世界は彼の思考を元に創られた妄想。ならば、必ずそのモデルになった真実の姿がある。
イデアは草むらが飛び出すと、マイケルの隣のツタに目掛けて手をかざした。
「『ウリエルの鏡』!」
途端、ツタは荒々しい本性を現して暴れ出し、マイケルに襲い掛かった。
マイケルは表情一つ変えずそれを炎剣で真っ二つにするが、イデアは次々とマイケルの周りのツルやツタに『ウリエルの鏡』を浴びせ、マイケルに襲わせる。
本数が増えてマイケルの動きが一瞬止まった。が、ミカエルの力は伊達ではなかった。
一瞬力を込めると、彼を中心に激しい炎が噴き出す。
「きゃあ!」
その炎に巻き込まれ、イデアは全身に火傷を負った。
かなりの高温だったのか、全身が黒く焦げるほどの酷い火傷だ。
「う、うう……」
炎の中、悠々と歩いてくるマイケルを前に、無様に地面を這いつくばりながらイデアは問う。
「……マイケル……マイケルは……そんなに私の事を殺したいの?」
「………………」
彼は何も答えない。
イデアは彼の冷たい目を見据え、炎に包まれた中庭を見上げてから……静かに目を閉じた。
「……分かった。これは全部私の我がまま。最後の瞬間くらい、私の望む様に生きて……そして、私の望むように死にたいと思っていた。だけど、私にはその資格すらないみたい。だから」
そう言って、彼女は全身を震わせながらなんとか立ち上がり胸元に手を添える。
「最後に一つだけ、見て欲しいものがあるの。これが私の……本当の姿よ」
イデアの体が鮮烈な光に包まれていく。
そして、その光が収まった時……イデアは何の後悔も憂いもない、純白の笑みを浮かべた。
「ありがとうマイケル――最後まで私の側にいてくれて」
……パチパチパチ、と。
乾いた拍手に振り返ると、いつの間に背後に移動していたらしい狐男……ギルバート・マクラウドが二人のやり取りを見物しているところだった。
「素晴らしく美しい姿だったぞ、イデア。覚悟はもう決まったみてえだな」
「出来ることはやった……それに大好きな人に殺されるなら……それも悪くないかな、って……」
それを聞いて、狐男の瞳が一瞬揺れた気がした。
「そうか……ならば安らかに眠れ、イデア」
それを合図に、マイケルがイデアに切りかかる。
全身ボロボロで立っていることすらやっとのイデアは、それでも最後まで彼の顔を目に焼き付けようとして――マイケルはそのままイデアを素通りした。
「マイケル……⁉」
「うおおおおおおおおおおッ!」
イデアの真実の姿――幼き聖母マリアの如き神体を目の当りにした彼は、すでに正気に戻っていた。
マイケルは雄たけびを上げながらイデアの後ろにいた狐男に漸近する。
そして炎剣を振りかぶって――その赤い刃が彼の体を真っすぐに貫いた。