贖罪のイデア
次の日。人目に付かないようローブを目深に被り、尻尾をズボンに隠して箱庭に行くと例の少女はまた例の木の下で読書していた。
「おい。昨日は随分と世話になったじゃねえか」
もう本性を隠すことなく荒々しい口調で言うと、少女は本から顔を上げた。
「あ、昨日のおじさん。またここに戻って来たんだ」
「あたりめえだろ。どうやったか知らねえが、こんな醜い姿に変えやがって……おめえのその端正な顔をグチャグチャにしてやってもいいんだぞ?」
俺はどす黒い声で凄んだが、少女は無表情のままだった。
「いいよ」
「は?」
「私の顔がどうなったって……今更誰も気に留めたりしない」
「何言ってやがんだ……俺はおめえに復讐しに来たんだぞ!」
「だからいいよ、って言ってるの」
「俺が怖くねえのか⁉」
「だって私も貴方と同じ化け物だから。どんな姿になっても構わない」
俺は少女の目をジッと見据えた。彼女も首を傾げ、黙って見つめ返す。
長い沈黙の後、俺は黄色く長い歯の隙間から大きくため息を吐いた。
「はあ……何だよそれ。おめえがそんな態度じゃあ、拍子抜けしちまうだろうが」
それから、俺は少女の手から本を取り上げた。
「あ……」
「こんなもんは読むな。『赤ずきん』の最後はな、おばあさんと赤ずきんを騙して食った狼が猟師に退治されて二人は助かるんだ。でもそんなのはクソ食らえって話だ。生きる為必死に相手を騙して食事にありついた狼が、何で理不尽に制裁されなきゃいけねえんだよ」
「でも、人を騙すのは悪いことじゃ……」
「ああ? 何寝ぼけたこと言ってんだ⁉ それはお前が今まで、嘘を吐かなきゃいけない状況にまで追い詰められたことがないからだ。いいか、人は人を騙さなきゃ生きていけない。それはこの世界の絶対の法則だ!」
「じゃあ、友達が私を騙したり乱暴なことをするのも必要なことなの?」
「ああん?」
俺が唸ると、少女は俯いた。
その視線の先の手首に痛々しい青あざが出来ているのを見て、俺はようやく彼女が置かれている状況を悟った。
「おめえ……いじめられてるのか」
「……………………」
「それで憂さ晴らしに俺をこんな姿に変えた、ってか?」
「普段の私だったらこんなことしなかったかもしれない……ごめんなさい」
「ごめんなさいで済むかよ。これ、元に戻るのか」
少女が黙って首を振ると、俺は今度こそ盛大にため息を吐いた。
「おいおいどうしてくれんだよ……ガキのくだらない癇癪のせいで、俺は一生誰も騙せない見かけにさせられちまったんだぞ?」
「だから復讐していいよ。私は魔女で、怪物で……貴方に対して償いをしなきゃならないから」
「一つ言っておくがなあ、俺は数え切れな程の人間を騙したが人を殺したことは……一度しかねえ。まあその一度でも充分過ぎるが。とにかく、そんな天才詐欺師様の俺の美学に反するからおめえを手に欠けるわけにはいかねえ」
「……ならどうするの?」
顔を上げた少女に、俺は邪悪な笑みを浮かべてやった。
「この見た目じゃ俺はどこにも行けやしねえ。だからお前に俺の全ての面倒を見てもらおうか」
少女は少しの間俺を見つめた後……初めて花の咲くような笑顔を浮かべた。
「うん! いいよ!」
「おい。昨日は随分と世話になったじゃねえか」
もう本性を隠すことなく荒々しい口調で言うと、少女は本から顔を上げた。
「あ、昨日のおじさん。またここに戻って来たんだ」
「あたりめえだろ。どうやったか知らねえが、こんな醜い姿に変えやがって……おめえのその端正な顔をグチャグチャにしてやってもいいんだぞ?」
俺はどす黒い声で凄んだが、少女は無表情のままだった。
「いいよ」
「は?」
「私の顔がどうなったって……今更誰も気に留めたりしない」
「何言ってやがんだ……俺はおめえに復讐しに来たんだぞ!」
「だからいいよ、って言ってるの」
「俺が怖くねえのか⁉」
「だって私も貴方と同じ化け物だから。どんな姿になっても構わない」
俺は少女の目をジッと見据えた。彼女も首を傾げ、黙って見つめ返す。
長い沈黙の後、俺は黄色く長い歯の隙間から大きくため息を吐いた。
「はあ……何だよそれ。おめえがそんな態度じゃあ、拍子抜けしちまうだろうが」
それから、俺は少女の手から本を取り上げた。
「あ……」
「こんなもんは読むな。『赤ずきん』の最後はな、おばあさんと赤ずきんを騙して食った狼が猟師に退治されて二人は助かるんだ。でもそんなのはクソ食らえって話だ。生きる為必死に相手を騙して食事にありついた狼が、何で理不尽に制裁されなきゃいけねえんだよ」
「でも、人を騙すのは悪いことじゃ……」
「ああ? 何寝ぼけたこと言ってんだ⁉ それはお前が今まで、嘘を吐かなきゃいけない状況にまで追い詰められたことがないからだ。いいか、人は人を騙さなきゃ生きていけない。それはこの世界の絶対の法則だ!」
「じゃあ、友達が私を騙したり乱暴なことをするのも必要なことなの?」
「ああん?」
俺が唸ると、少女は俯いた。
その視線の先の手首に痛々しい青あざが出来ているのを見て、俺はようやく彼女が置かれている状況を悟った。
「おめえ……いじめられてるのか」
「……………………」
「それで憂さ晴らしに俺をこんな姿に変えた、ってか?」
「普段の私だったらこんなことしなかったかもしれない……ごめんなさい」
「ごめんなさいで済むかよ。これ、元に戻るのか」
少女が黙って首を振ると、俺は今度こそ盛大にため息を吐いた。
「おいおいどうしてくれんだよ……ガキのくだらない癇癪のせいで、俺は一生誰も騙せない見かけにさせられちまったんだぞ?」
「だから復讐していいよ。私は魔女で、怪物で……貴方に対して償いをしなきゃならないから」
「一つ言っておくがなあ、俺は数え切れな程の人間を騙したが人を殺したことは……一度しかねえ。まあその一度でも充分過ぎるが。とにかく、そんな天才詐欺師様の俺の美学に反するからおめえを手に欠けるわけにはいかねえ」
「……ならどうするの?」
顔を上げた少女に、俺は邪悪な笑みを浮かべてやった。
「この見た目じゃ俺はどこにも行けやしねえ。だからお前に俺の全ての面倒を見てもらおうか」
少女は少しの間俺を見つめた後……初めて花の咲くような笑顔を浮かべた。
「うん! いいよ!」