贖罪のイデア
その日から、少女と俺の奇妙な生活が始まった。

生活と言っても俺は箱庭の奥にある小さなログハウスに寝泊まりし、少女がそこに食べ物を差し入れたり箱庭で俺の話相手をする程度のものだったが……何でだろうな。俺はそんな日々も案外悪くねえと思った。

箱庭は少女以外誰も来ないから、俺と彼女は安心してそこで過ごすことが出来た。

俺の世話をするようになってから、彼女は目に見えて明るくなっていった。

いじめがなくなったわけじゃなかったみてえだが、アイツはおくびにも出さなかったし俺も何も聞かなかった。

「お前、名前なんて言うんだ?」



五日目にしてようやく俺が名前を尋ねると、少女は顔を上げて元気よく答えた。

「イデア。イデア・サリンジャー」

「ふうん。何だか神様に祝福されてる名前みてえで腹立つな」

「おじさんは?」

「俺は別にいいんだよ。天才詐欺師様、とでも呼んでおけ」

「でも、その顔じゃもう二度と詐欺は出来ないんだよね?」

「おめえのせいだろうが! バカにしてんのか⁉」



俺が声を荒げた瞬間……はい、とイデアは俺の頭に何かを載せた。

「ああん? 何だこりゃ?」

「私が編んだお花のブーケだよ。それがあれば少しは怖くないかなって」

「はっ、この程度で人が黙せりゃ苦労しねえよ」



俺が憎まれ口を叩くと、彼女は忌々しいことに天使の様に微笑んだ。

「私はね、おじさんが人を騙せなくなって良かったと思ってるよ」

「それは皮肉のつもりか?」

「だって私の話相手が出来たんだもの」

「俺はおめえのお守りじぇねえぞ」

「ふーん、おじさんのご飯とかのお世話をしてるのは私だもん!」

「このガキ……!」



俺はまたいつもの悪態を吐きかけて……それから思わずフッと細い口元が緩んでしまった。

「おめえ、まだいじめられてるのか?」



何気ないその問いかけにイデアは目を逸らした。

「いつからいじめられてるんだ」

「つい最近。ロージーっていう子に目を付けられてから、魔女呼ばわりされるようになったの。それまではみんなとは仲良く出来ていたのに」

「それ、この姿の俺が出ればすぐにでもやめさせられるよな?」

「うん……でもその必要はないよ。だってこれは私の罪だから。私が魔女に生まれついてしまったから、だから私が悪いの……それに、おじさんにはもう誰も傷つけさせたくない。これからは穏やかに暮らして欲しいから」



コイツ……ガキの喧嘩一つやめさせる程度のことで、そんなに俺に負い目を感じるのか。

似た境遇の様で、どこまでも俺と正反対……聖人と化け物……

だからこそ俺はイデアを突き放した。

「そうかよ。なら俺は知らねえ。だが一日三食と午後の暇潰しだけはこれからもきっちり付き合ってもらうからな」



すると、イデアはまた嬉しそうにパッと顔を輝かせて頷くのだった。

「うん! もちろん!」



……ケッ。そんなに人の世話を焼くのが好きなのかよ。
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