贖罪のイデア
もう辺りはすっかり暗くなっていて、俺からすればこんな無防備な教会に忍びこむことなんざ簡単だった。
俺は教会二階の人気のない廊下を進み、奥にあるイデアの母親の寝室の前で止まる。
ペンダントの鍵を差し込むと、ドアが開く音と共に俺の鼓動が高鳴った。
もうすぐだ。もうすぐこの部屋の奥にある『秘宝』とやらが俺の物になる。
これが興奮せずにいられるものか。
あれだけ不思議な力を持った少女だ。
その母親の隠し財宝が、単なる聖遺物であるはずがない。きっと文字通り、強大な力を秘めているに決まっている。
イデアは俺を元に戻せないと言ったが、その秘宝の力ならきっと戻れる。そうすればまた、好き放題この世の人間を騙し、弄ぶ日々が送れる――
……ここで彼女と過ごした一か月など、所詮夢に過ぎなかったのさ。
俺はそうやってまた自分の中で『線引き』をした。
そうしないと……イデアと過ごした一か月を思い返すと、二度と人を騙せなくなってしまいそうだから。
俺は躊躇いなくドアを開き、辺りを見渡す。
部屋の燭台に明かりが灯っていて、ベッド、ロッカー、それに瀟洒な引き出しが正面に見える。
秘宝があるとすれば相場は引き出しに決まっている……俺が引き出しを引くと、中の書類を引っ張り出して物色を始める。
目的のブツは分かっているんだ、すぐに見つかる……そう高を括っていた俺は、背後に現れた女性の存在に直前まで気づかなかった。
「……ッ⁉」
女性が振り下ろしたツボを俺は咄嗟に受け止め、逆に押し返す。非力な彼女は簡単に弾き飛ばされ、ベッドに倒れ込んだ。
が、それでもなお女性は俺に飛び掛かってくる。
「この……邪魔だ、あっちへ行け!」
俺はツボを抱えたまま必死に暴れ、そして――
ゴンッ!
振り回した拍子にツボが女性の後頭部に直撃し、彼女はそのまま動かなくなった。
「お、おい?」
俺は彼女に恐る恐る近づく。
「嘘だろ……」
流麗に流れる金髪。閉じられたサファイアの瞳。
床に横たわる妙齢の女性は……あの少女の面影を漂わせた彼女はもう、息をしていなかった。
「死んでんじゃねえよ……なあ……」
俺はよろめきながら後ずさり、壁にぶつかった。
衝撃で燭台が落ち、火が床に広がる。
思えば灯りが灯っている時点で、部屋に人が隠れている可能性を考慮すべきだったんだ。あの時の俺は興奮でどうにかしていた。
火が燃え広がるのも構わず、俺は数十年ぶりの恐怖に全身を震わす。
あの時で最後にするつもりだった。
どれだけ人を騙そうと……どれだけ人から奪おうと……命だけは奪うまいと。
それなのに、またやってしまった。
それもよりによってあの少女の母親を。
「うああああああああああああああッ!」
俺は情けなく悲鳴を上げながら頭を抱え、それから引き出しに駆け寄り一心不乱に中身を漁った。
もう何も考えられなかった。ただ盗み、一刻も早くここから逃げ出すことしか。
そしてようやく目的の十字架を手にすると、俺は火の手に包まれた始めた部屋から飛び出した。
廊下を走り、階段を駆け下り、裏口から飛び出して――
そこで一瞬、俺は彼女の姿を見た。
覚束ない足取りで歩いてくる彼女は、あのライトグリーンの髪をした眼帯の少年も連れている。
「おじさん……?」
まだ薬の効果で頭がぼんやりしているんだろう。
俺は一瞬何かを言いかけ……しかし結局何も発することもないままその場から逃げ去った。
今の俺の願いはたった一つだ。
イデア、お前だけは幸せになれ。
真っ当な人生を歩めなかった俺の分も、そして俺が犯してしまった罪の分も。
もしお前が幸せを望まないのなら――俺は再びお前を騙してでも幸せにしてみせる。
俺は教会二階の人気のない廊下を進み、奥にあるイデアの母親の寝室の前で止まる。
ペンダントの鍵を差し込むと、ドアが開く音と共に俺の鼓動が高鳴った。
もうすぐだ。もうすぐこの部屋の奥にある『秘宝』とやらが俺の物になる。
これが興奮せずにいられるものか。
あれだけ不思議な力を持った少女だ。
その母親の隠し財宝が、単なる聖遺物であるはずがない。きっと文字通り、強大な力を秘めているに決まっている。
イデアは俺を元に戻せないと言ったが、その秘宝の力ならきっと戻れる。そうすればまた、好き放題この世の人間を騙し、弄ぶ日々が送れる――
……ここで彼女と過ごした一か月など、所詮夢に過ぎなかったのさ。
俺はそうやってまた自分の中で『線引き』をした。
そうしないと……イデアと過ごした一か月を思い返すと、二度と人を騙せなくなってしまいそうだから。
俺は躊躇いなくドアを開き、辺りを見渡す。
部屋の燭台に明かりが灯っていて、ベッド、ロッカー、それに瀟洒な引き出しが正面に見える。
秘宝があるとすれば相場は引き出しに決まっている……俺が引き出しを引くと、中の書類を引っ張り出して物色を始める。
目的のブツは分かっているんだ、すぐに見つかる……そう高を括っていた俺は、背後に現れた女性の存在に直前まで気づかなかった。
「……ッ⁉」
女性が振り下ろしたツボを俺は咄嗟に受け止め、逆に押し返す。非力な彼女は簡単に弾き飛ばされ、ベッドに倒れ込んだ。
が、それでもなお女性は俺に飛び掛かってくる。
「この……邪魔だ、あっちへ行け!」
俺はツボを抱えたまま必死に暴れ、そして――
ゴンッ!
振り回した拍子にツボが女性の後頭部に直撃し、彼女はそのまま動かなくなった。
「お、おい?」
俺は彼女に恐る恐る近づく。
「嘘だろ……」
流麗に流れる金髪。閉じられたサファイアの瞳。
床に横たわる妙齢の女性は……あの少女の面影を漂わせた彼女はもう、息をしていなかった。
「死んでんじゃねえよ……なあ……」
俺はよろめきながら後ずさり、壁にぶつかった。
衝撃で燭台が落ち、火が床に広がる。
思えば灯りが灯っている時点で、部屋に人が隠れている可能性を考慮すべきだったんだ。あの時の俺は興奮でどうにかしていた。
火が燃え広がるのも構わず、俺は数十年ぶりの恐怖に全身を震わす。
あの時で最後にするつもりだった。
どれだけ人を騙そうと……どれだけ人から奪おうと……命だけは奪うまいと。
それなのに、またやってしまった。
それもよりによってあの少女の母親を。
「うああああああああああああああッ!」
俺は情けなく悲鳴を上げながら頭を抱え、それから引き出しに駆け寄り一心不乱に中身を漁った。
もう何も考えられなかった。ただ盗み、一刻も早くここから逃げ出すことしか。
そしてようやく目的の十字架を手にすると、俺は火の手に包まれた始めた部屋から飛び出した。
廊下を走り、階段を駆け下り、裏口から飛び出して――
そこで一瞬、俺は彼女の姿を見た。
覚束ない足取りで歩いてくる彼女は、あのライトグリーンの髪をした眼帯の少年も連れている。
「おじさん……?」
まだ薬の効果で頭がぼんやりしているんだろう。
俺は一瞬何かを言いかけ……しかし結局何も発することもないままその場から逃げ去った。
今の俺の願いはたった一つだ。
イデア、お前だけは幸せになれ。
真っ当な人生を歩めなかった俺の分も、そして俺が犯してしまった罪の分も。
もしお前が幸せを望まないのなら――俺は再びお前を騙してでも幸せにしてみせる。