贖罪のイデア
教会の礼拝堂にイデアはいた。
固く目を閉じ聖母マリアの像の前で祈りを捧げるイデア。
神々しい程に美しい彼女の横顔と静謐を湛えた佇まいは、制服姿でありながらまさしく聖女そのものだった。
「イデア」
祈りの邪魔をすることに罪悪感を覚えながらマイケルが名を呼ぶと、イデアはビクッと肩を震わせた。
小動物の様な怯えた目つきで振り返る彼女に、彼の胸がチクリと痛む。
マイケルはその顔を直視できなくて、聖母マリアの像を見上げた。
「邪魔してごめん。あー……そうだ、お母様は元気? 昔よく、とても美味しいクッキーを焼いてくれたよね。またいつか食べたいなって思ってたんだ」
「………………」
「イデア?」
「お母様は、もういないの」
「いないって……?」
視線を戻したマイケルは、彼女の暗い目を見て言葉を失う。
イデアは意に介した様子もなく彼に告げた。
「私がここにいるって、どうして分かったの?」
「偶然だよ。敬虔なキリスト信者だった君なら、毎日祈りを捧げてるんじゃないかって思って」
「私のこと、よく覚えてるのね」
「君は、本当に僕のことを覚えてないの?」
イデアは俯き、冷たい石の床を見下ろす。
「知らない。私には昔も今も友達はいないから」
「はは……そうか……ちょっとショックだな……」
「だけど」
イデアはマイケルの言葉を遮ると……勇気を振り絞るように目の前に立ち、震える人差し指で彼の右目の眼帯をなぞった。
「ごめんなさい。貴方のことは何も覚えてないけど……でも、私は貴方に謝らなきゃいけない」
思わぬ彼女の行動に、マイケルは目を見開いて棒立ちになる。
彼女の言っていることは支離滅裂だ。
それ故に、マイケルは彼女の苦しみが悲しいほどに理解できた。
理解できて……しまった。
「これは、君のせいじゃないよ」
「いいえ。私は貴方の右目を奪った。治すこともできない。その上私はあの狐と――」
急に彼女は激しく咳き込むと、口を抑えてその場にうずくまった。
「イデア! どうしたの、落ち着いて!」
「コホッコホッ……近づかないで! 私はもう、貴方から何も奪いたくない!」
「イデア、待ってくれ!」
しかし、彼女はマイケルの制止を振り切って礼拝堂の奥へと走り去った。
また……寂しい別れ方をしてしまった。
もうイデアとは笑って分かり会うことは出来ないのだろうか。またあの昔の頃の様には帰れないのだろうか。
マイケルは混乱した表情で礼拝堂のベンチに腰を下ろすと、使い込まれた木製の机をなぞる。
昔、いたずらで掘った自分とイデアの名前をそこに見つけて、彼の白い指先はそこで止まった。
やっと――本当にやっとの思いで家に帰ってきたのに、ここには誰もいない。
その声が毒の様に頭に染み込んでいく感覚が耐えられなくて、マイケルは教会を後にした。
固く目を閉じ聖母マリアの像の前で祈りを捧げるイデア。
神々しい程に美しい彼女の横顔と静謐を湛えた佇まいは、制服姿でありながらまさしく聖女そのものだった。
「イデア」
祈りの邪魔をすることに罪悪感を覚えながらマイケルが名を呼ぶと、イデアはビクッと肩を震わせた。
小動物の様な怯えた目つきで振り返る彼女に、彼の胸がチクリと痛む。
マイケルはその顔を直視できなくて、聖母マリアの像を見上げた。
「邪魔してごめん。あー……そうだ、お母様は元気? 昔よく、とても美味しいクッキーを焼いてくれたよね。またいつか食べたいなって思ってたんだ」
「………………」
「イデア?」
「お母様は、もういないの」
「いないって……?」
視線を戻したマイケルは、彼女の暗い目を見て言葉を失う。
イデアは意に介した様子もなく彼に告げた。
「私がここにいるって、どうして分かったの?」
「偶然だよ。敬虔なキリスト信者だった君なら、毎日祈りを捧げてるんじゃないかって思って」
「私のこと、よく覚えてるのね」
「君は、本当に僕のことを覚えてないの?」
イデアは俯き、冷たい石の床を見下ろす。
「知らない。私には昔も今も友達はいないから」
「はは……そうか……ちょっとショックだな……」
「だけど」
イデアはマイケルの言葉を遮ると……勇気を振り絞るように目の前に立ち、震える人差し指で彼の右目の眼帯をなぞった。
「ごめんなさい。貴方のことは何も覚えてないけど……でも、私は貴方に謝らなきゃいけない」
思わぬ彼女の行動に、マイケルは目を見開いて棒立ちになる。
彼女の言っていることは支離滅裂だ。
それ故に、マイケルは彼女の苦しみが悲しいほどに理解できた。
理解できて……しまった。
「これは、君のせいじゃないよ」
「いいえ。私は貴方の右目を奪った。治すこともできない。その上私はあの狐と――」
急に彼女は激しく咳き込むと、口を抑えてその場にうずくまった。
「イデア! どうしたの、落ち着いて!」
「コホッコホッ……近づかないで! 私はもう、貴方から何も奪いたくない!」
「イデア、待ってくれ!」
しかし、彼女はマイケルの制止を振り切って礼拝堂の奥へと走り去った。
また……寂しい別れ方をしてしまった。
もうイデアとは笑って分かり会うことは出来ないのだろうか。またあの昔の頃の様には帰れないのだろうか。
マイケルは混乱した表情で礼拝堂のベンチに腰を下ろすと、使い込まれた木製の机をなぞる。
昔、いたずらで掘った自分とイデアの名前をそこに見つけて、彼の白い指先はそこで止まった。
やっと――本当にやっとの思いで家に帰ってきたのに、ここには誰もいない。
その声が毒の様に頭に染み込んでいく感覚が耐えられなくて、マイケルは教会を後にした。