【完】ねぇ、もっと俺に甘えてよ?


「傘はある?」


「い、いえ……」



何事もなかったかのように問いかける八雲先生に、蚊の鳴くような声しか出なかった。


八雲先生が一瞬、全然知らない人のように思えたのは気のせいなのか。



「忘れちゃったんだね」



零れたその笑みは、すっかり私の知るいつもの八雲先生で。


あんなものを見せられたから、私が過剰になっているだけかもしれない。


それでも、胸がざわざわして落ち着かない。


早く、早く……。



「雨の日は、事件や事故の発生率が高くなることが多いからね」



角を曲がると階段があって、降りればすぐに葵くんの待つ教室がある。


────早く、葵くんのところへ帰りたい。


葵くん、葵くん……。



「だから、雨野のことは俺が送って……」



私へと一歩近づいたその時、視界から八雲先生が消えた。


引き換えに飛び込んできたのは、キャラメル色の髪で……。



「───ダメ。これ俺の」



グイっと、腕を掴まれた。


八雲先生と私の間に割って入ってきた、葵くんの手に。

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