【完】ねぇ、もっと俺に甘えてよ?
「これは先生に返すよ。今日、渡そうと思ってた。ずっと」
あっ、と私は思い出す。
葵くんが、忘れ物と言っていた時のことを。
「きっと、先生の大切なものだよね」
葵くんがポケットからそっと取り出したのは、紫陽花があしらわれたバレッタだった。
「……っ、」
八雲先生はそのバレッタを受け取り、ギュッと大切そうに握りしめる。
晴花さんの形見だろう。
私へ贈ったのは、きっと晴花さんを忘れるなという先生の強い思いからだったのかもしれない。
八雲先生の口から嗚咽がもれる。
涙で染まった先生の顔を私は静かに見つめていた。
今までの悲しみも苦しみも、全部を吐き出すように、声をあげて先生は泣いた。
────“怖くてもこうやって俺に伝えてくれる。そんな雨野を、俺も信じたいんだ”
……ねぇ、先生。
あの言葉は、きっと先生自身に投げかけていたんじゃないかな。
信じたい。
どこかで、そう思おうとしてくれていたんじゃないのかな。
先生のあの言葉だけは嘘じゃないって、私も信じたいから。