恋のお話。
「次は東山駅。東山駅…。」
電車のアナウンスが鳴って、ゆるやかにスピードが落ちていく。私の降りる駅に、もう直ぐ着いてしまう。
あぁ、今日も楽しみが終わってしまった…。
彼とは反対側の扉が開くと、開いたドアに向かって私は歩き出す。最後に一目見たいけど、変なやつだと思われたくないからそこはあえていつも見ないで降りることにしている。
空気の抜けるような音を立てて容赦なくドアが閉まり、走り去っていく電車の音を背に私はホームを歩く。
「あの!鹿山 柚乃さん!」
階段を上がろうとしたその時、知らない声に呼び止められた。
振り返るとそこにはいるはずのない彼の姿。息を切らして膝に片手をついて、私に向かって生徒手帳を差し出している。
「これ…電車降りる時落としましたよ。」
これは夢か?現実か?目の前で私に向かって喋る彼に、私は何度も瞬きする。夢じゃないことがわかると、ぎこちなく生徒手帳を受け取った。
「あり、がとう、ございます。」
堅い挨拶。電車はもう行ってしまって。改札に人は吸い込まれていった。
「それから、この間お年寄りに席、譲ってましたよね。」
彼も緊張しているように見えるのは、気のせい?