愛してる 〜必ず戻る、必ず守る〜

11話

 終業。更衣室。その日は前日の誕生日にプレゼントされたニットを着ていて、ネックレスが際立っていた。

「カナ。これから古都で飲み会あるけど、来る?」
「今夜はごめんなさい。また誘ってください。お先に失礼します。」

 加波子は急いだ。急ぐ必要もないのに急いだ。工場へ向かっていた。亮のいた工場だ。あるお願いをするために。前に行ったのはもう随分前だ。加波子のことも忘れていているだろう。そんな加波子の願い事など、聞くはずもないだろう。

 しかし加波子は向かう、工場へ。賭けだった。今回こそ本当に、藁をもすがる思いだった。

 工場は何も変わっていなかった。懐かしさに耽ることもなく門を入り階段を上る。引き戸を引く。前と変わらない事務員がいた。

「いらっしゃい…あなた、どこかで…。」
「はい、以前何度かお邪魔いたしました。不躾ですが、社長さん、いらっしゃいますでしょうか?」
「少々お待ちください、こちらへどうぞ。」

 ソファへ案内され、お茶を持ってきてくれた。加波子が軽く頭を下げると、社長が現れた。加波子は立ち上がる。

「お久しぶりです!社長さん!」

 挨拶をし深々と頭を下げる。

「ああ、お嬢ちゃんか。元気にしてたかい。」

 社長は加波子のことを覚えていてくれた。

「はい、おかげ様で。」

 ソファに座る2人。少しの沈黙。

「あいつのことかい?」

 話は社長から切り出した。

「はい…。」
「話すことは何もねぇよ。帰るんだ、お嬢ちゃん。」

 立ち上がろうとする社長に加波子は叫ぶ。

「待ってください!今日はお願いしたいことがあって参りました!どうか話だけでも聞いてもらえませんか!お願いします!お願いします!!」

 社長はソファに座り直す。

「なんだ…、どうしたんだい。」
「社長さん、静岡に行ってもらえないでしょうか?彼がそこにいるんです。私じゃだめなんです。面会を拒否されるんです。手紙を出しても返事なんか来ないし。彼が今どうしているのか…、さっぱりわからないんです…。」

 黙って聞く社長。後ろのドアから誰か入ってきた。航だ。

「お疲れ様です。」
「おーお疲れ。ちょうどよかった。お前ちょっとこっち来い。」

 社長が手招きする。加波子に気づく航。加波子は軽く頭を下げる。航も加波子を覚えていたようだ。

「久しぶりだな、元気にしてたか?」
「はい。」
「…そーは見えねぇけどな。」

 ボソッと言う航。

「で、社長、何かあったんですか?」
「お前、そのお嬢ちゃんの代わりに亮に会ってきてやってくれないか。場所は静岡らしい。」
「亮?静岡?」
「刑務所だよ。社長の俺が行くより、一番仲が良かったお前が行ったほうが亮も和むだろう。頼んだぞ。」

 航の肩をポンっと叩き、そう言って社長は去っていった。

「社長さん、ありがとうございます!」

 加波子は立ち上がり、頭を下げた。

 航は加波子を門まで送る。

「お願いします、どうか…。」
「あんた痩せたな。そんなにあいつが好きか?」

 憔悴した加波子は何も言わない。航はそんな加波子がひどく気の毒に思えた。

「行ってきてやるよ。だからちゃんと飯食って待ってろ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。それで…。」
「なんだよ。」
「もし、面会できたとしても、私のことは何も言わないでください。お願いします。」
「何でだよ?」

 加波子は答えづらそうに答える。

「私とは無関係、航さんが航さんの意志で会いに来た、彼にそう思って欲しんです。」

 腑に落ちない航。しかし、憔悴し気の毒に思えるほどの加波子に、航は何も言えなかった。

「…わかったよ…。気をつけて帰れよ。」

 加波子は頭を下げて工場を去る。

 それから加波子は待った。航から、何かから、どこかからの連絡を。1日、2日、3日。その夜、加波子のスマホが鳴る。航からの着信だ。急いで出る加波子。

「もしもし!」
「おう、今日会ってきたぞ、あいつに。」
「それで…!」
「あいつ、何も変わってなかったよ。髪は短くなってたけどな。体もどこも悪くないみたいだ。でも囚人服着てたから、さすがに元気そうには見えなかったけどな。でも、それ以外は何にも変わってなかった。世間話して笑って。何も変わらねぇよ、あいつはあいつのままだ。」
「そうですか…よかった…!本当に、本当にありがとうございました!」
「ああ、あいつ顔色も悪くなかったぞ。でも元々血色いいやつじゃねぇか。それから、言うなって言われてたけど言ったよ、あんたのこと。」
「え?」
「言わない訳にはいかないだろ。帰り際ちょろっと言って帰ったきた。」
「そんな…。」
「とにかくもう心配すんな。あいつは大丈夫だ。じゃあな。」
「あ!」

 電話が切れた。

 亮は亮のまま。何も変わっていない。心から安心を感じた加波子。

 封印していた引き出しをゆっくり開ける。一枚のメモ用紙。亮からのメッセージ、亮の字。

 亮に傷つき、亮に癒される。綺麗事なんかじゃない。遠くても、確信はなくても、自分の気持ちは確かだ。改めて認識した加波子。

「変わってないって…よかった…。」

 亮の字に向かって呟く。
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