愛してる 〜必ず戻る、必ず守る〜

10話

「うわぁ、海の匂い…。」

 加波子と亮は海に来ていた。近場の海。その日は残念ながら少しだけ曇っていた。それでも海は充分きれいだった。波は高くて白い。

 沖は、水色とエメラルドグリーン色の絵具をたっぷりの水で溶いたような色。砂は白い。波は真っ白だった。

 風が強く、加波子は被っている帽子を少し気にしいていた。

 ベンチのような低い防波堤に座るふたり。手をつないだまま。ふたりは海を眺める。

「私、海ってずっと見ていられる。海の色はきれいだし、よせては返す波も。」
「東京じゃ見られねぇな。」

 加波子は話し出す。

「私ね、学生時代、就職活動放り投げて、海の近くの民宿でバイトしたことがあるの。1ヶ月間、住み込みで。」

 少し興味を示す亮。

「就活、全然うまくいかなくて。受けては落ちて、受けては落ちて。そんな人いっぱいいたんだろうけど、少なくとも私の周りはみんなどんどん就職決まっていって。それが嫌で、もう全部嫌になちゃって、ロングだった髪をショートにして金髪にして、海に逃げた。肌はどんどん焼けてって…。」

 驚きを隠せない亮。大きな声で言う。

「待てよ!お前が??」
「そうだよ?どうして?」
「だって、お前はどこからどう見たって優等生だろ…。」

 加波子は笑う。海を見ながら。

「私は優等生なんかじゃないよ。その逆。…そのもう少し後からかな、無理して笑うようになったの。それから学校もろくに行かなくなって、キャバクラで売れないキャバ嬢やって、自分を安売りして。その安売りしたお金で夜な夜な遊んで、時間の無駄遣いしてた。」

 加波子は海を眺めている。亮は声を失う。

「生まれて初めての反抗期。何に対して反抗してたのかわからないけど。思いつく限り、自分で自分を痛めつけてた。あの苦しみを、少しでもごまかしたかった。…結局学校は単位ギリギリで卒業できたし、就職もできたんだけどね。」

 笑う加波子はずっと海を眺めていた。その加波子を見る亮。加波子の、意外で且つ反道徳的な話に、亮はついていけなかった。でもすぐ理解できたのは、その頃に、加波子に悲劇が起きたということだった。加波子は海を眺めたまま。

「想像もつかねぇよ…。」
「そんなにびっくりした?」
「当たり前だろ!だって、お前…。」

 その時。強い風が吹き、加波子の帽子がふわっと浮いた。それを亮はパシッと受け止め、そのまま加波子の頭に被せる。被せられた帽子を加波子は亮に被せてみる。

「かわいー!」
「お前なぁ!」

 加波子は笑いながら逃げるように砂浜へ走っていった。サンダルを脱ぎ、素足になる。ひらひらしたロングスカートの裾を少し上げ、波打ち際。加波子の足に緩やかな波が打つ。

「つめたーい!亮もおいでよー!」

 亮は加波子の帽子を見つめる。そのうち加波子はしゃがんで何かをし始めた。亮が近づくと、加波子は貝殻を探していた。

「見て。きれいなの見つけた。なんかこれ、合わせるとひとつにつながってたみたいな形してない?」

 加波子の手のひらには貝殻がふたつ。貝殻というよりは、貝殻の欠片だ。亮はいつかの加波子のように問う。

「苦しくなかったか?」

 加波子は貝殻の欠片を見ながら答える。

「そういうもんだと思ってた。」

 続けて亮は聞く。

「今は?」

 加波子は亮を見る。

「今は騒がしくてそれどころじゃねぇよ。」

 亮を真似て、加波子はぎこちなく慣れない口調で答えた。

「お前、ふざけんな!」

 亮は笑いながら、手に持っていた帽子を加波子に深く被せた。ふたりは笑い合う。

 そして加波子の手のひらの、貝殻の欠片のひとつを亮はそっとつまむ。

「もらっていいか?」

 加波子は嬉しくなり、笑顔で応える。加波子の貝殻の欠片はハンドタオルで包み、亮の貝殻の欠片は重ねたティッシュで包んだ。

 強まる風。高くなる波。亮は加波子の手を取る。

「風が冷たくなってきた。帰ろう。」

 ふたりは帰る。手をつないで駅まで歩く。帰りの電車内。手はつないだまま。ふたりは正面を向き、窓から見える景色を見ていた。

 亮は加波子に何か言いたかった。加波子のための何かを。言葉に迷う亮。しかし迷うことしかできなかった。

「…お前の苦しみ、半分もらったからな。」

 これだけは伝えようと思った。すると加波子は力強く亮の手を握った。

 ふたつでひとつだった貝殻の欠片の半分をもらったように、亮は加波子の苦しみを半分もらった。
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