愛してる 〜必ず戻る、必ず守る〜
2話
あの日から奴等が頻繁に亮に会いに来るようになった。組の下っ端の適当な奴等が。
亮を消すことくらい奴等にとっては簡単なこと。しかし奴等は亮を脅すことを楽しむため、そして亮が逃げないよう見張るため、亮に会いに来た。
金曜の夜。その日は亮が加波子のアパートに来る予定だった。しかし亮は来ない。いくら待っても来ない。電話もつながらない。ラインも既読にならない。もちろん、亮からの連絡はない。
さすがに加波子は不安になる。加波子は待つ。寝ない。眠れない。加波子はベッドの上、ひとりうずくまる。
それは夜明け前。ドスン、ドスン、と、重い音がアパートに響く。亮の階段を上る音だと加波子はすぐにわかる。急いで玄関のドアを開ける。
「亮?」
加波子は今まで見たことのない亮の目を見た。暗いうつろな目。ふたりは部屋に入り、亮は加波子に抱きつく。そしてあることに加波子はすぐに気づく。
「亮、お酒飲んだ…?」
亮からはアルコールのにおいがした。亮は加波子に持たれかかっている。
「…少し…。」
「少しじゃないでしょ?…誰と飲んでたの?」
「…工場の連中…。」
「こんな時間まで?」
亮は何も答えず布団に加波子を押し倒す。
「亮、聞いてる?」
亮は暗いうつろの目のままだ。次の瞬間、亮は加波子に抱きつき、加波子の耳元で言う。
「加波子…会いたかった…。会いたかった…加波子…。」
亮は普段、加波子の名を軽々しく呼ばない。会いたいなどとも亮は言う人ではない。加波子は怖くなった。
「亮、しっかりして…。」
亮は服を脱ぎだす。そしてまた加波子に抱きつく。
「…加波子…寒い…加波子…。」
加波子は耳を塞ぎたくなる。亮は加波子の体を触り始める。加波子は抵抗するが亮の手は止まらない。加波子の抵抗は無駄だった。
亮はぐったり眠る。加波子は初めて亮の愛のない愛を感じた。亮の恐怖を感じた。同じ布団の中で。
週が明けた。加波子は心待ちにしていた。昼休み、誰もいない会議室。加波子は航に電話をする。事実を確かめるため。
「もしもし、加波子です。」
「おーなんだよ、亮なら今…」
「違うんです。航さんに聞きたいことがあるんです。」
「なんだよ、急に。どうしたんだよ。」
「先週の金曜日、工場のみなさんで飲みに行きましたか?」
「金曜?金曜なんていつもみんなさっさと帰るよ。あいつだって帰ってたぞ。それにうちの工場の連中で飲みに行くなんてことも、まずねぇな。それがどうした。」
「その日、亮がお酒を飲んで帰ってきたんです、夜明け前に。少しだけ、工場の人達とって…。」
「…あいつが酒を?」
「はい…。」
航も驚いていた。
「人が変わったかのようで、すごく怖くて…。航さん、何か知りませんか?」
「いや、俺は何も…。」
航は亮を見る。その亮はいつもと変わらない。
「何も変わったように見えねぇけどな…。あんた…あいつのこと見張っといたほうがいいんじゃねぇか?」
加波子は航の顔が曇ったのがわかった。
「何か気づいたことがあれば連絡する。」
「はい、ありがとうございます…。」
それからの亮はいつも通りの亮だった。亮の部屋では、亮がコーヒーを入れ、ふたりで温まる。加波子の部屋では、ご飯を食べ、笑い合い、愛し合う。愛のある愛を。亮の笑顔、亮のらしさ。変わったことはひとつもなかった。
平日、夜。加波子はベッドの上。加波子の電話が鳴る。航からだ。怖くなる加波子。でも出ない訳にはいかない。
「もしもし。」
「おい、あんた昨日、亮と会ったか?」
「いえ、会ってないです。何かあったんですか?」
「あいつ今朝、ひどい二日酔いのまま出勤してきて、さすがに社長もキレてすぐに帰らされてたよ。」
「じゃあ、昨日も…。」
悪い報告の電話だった。不安と恐怖が加波子を襲う。
「あいつが一人で飲んでるとは思えない。何かあって誰かと会って…。」
「何って、誰かって、何なんですか…?」
「いや、わかんねぇけど…。最近あいつに変わったことはなかったか?」
「…いえ、何も…。」
「…あんたのことだから、無茶はするなよ。それから警戒しろ。」
「警戒って、大袈裟じゃないですか?」
「用心しろってことだよ。今のこの状態で、いつ何が起きるかなんてわかんねぇだろ。」
その言葉に加波子は胸を打たれた。今のこの生活が、当たり前ではないことに気がつく。平和ボケにどっぷり浸かり過ぎていた。自己嫌悪。浅はかだった。
「何かあってからじゃ遅い。あんたは自分の身の安全を第一に考えるんだ。余計なことはするな。いいな。また何かあったら連絡する。」
加波子はベッドに倒れこみ、うずくまる。恐怖が襲ってくる。誰にもどうにもできない恐怖。加波子は恐怖と戦う。
翌日、加波子はスマホのショップに来ていた。なるべく小さく目立たないスマホであれば何でもよかった。選び、契約し、購入した。アパートに帰り、初期設定、その他諸々の設定を完璧にし、クローゼットにしまう。
週末、亮が加波子の部屋に来る。いつもの亮だ。安心も心配もする加波子。亮の笑顔が加波子の胸を苦しくさせた。
亮がシャワーを浴びている間、加波子はクローゼットにしまってあったスマホを、亮のダウンジャケットの内ポケットにしまった。何事もありませんようにと願う加波子。何かあったらどうしようと懸念する加波子。加波子は自分自身とも戦っていた。
亮がシャワーから戻ってくる。床に座っている加波子は亮を見上げ、とろんとした目で見つめる。
「どうした?」
加波子の前にしゃがむ亮。何も言わず加波子は亮に抱きつく。
「どうしたんだよ。」
「なんでもない。ちょっとこうしてたい。」
「世話の焼ける子供だな、お前は。」
そう言い亮は加波子の前に座り込み、亮はやさしく加波子を包んだ。
亮を消すことくらい奴等にとっては簡単なこと。しかし奴等は亮を脅すことを楽しむため、そして亮が逃げないよう見張るため、亮に会いに来た。
金曜の夜。その日は亮が加波子のアパートに来る予定だった。しかし亮は来ない。いくら待っても来ない。電話もつながらない。ラインも既読にならない。もちろん、亮からの連絡はない。
さすがに加波子は不安になる。加波子は待つ。寝ない。眠れない。加波子はベッドの上、ひとりうずくまる。
それは夜明け前。ドスン、ドスン、と、重い音がアパートに響く。亮の階段を上る音だと加波子はすぐにわかる。急いで玄関のドアを開ける。
「亮?」
加波子は今まで見たことのない亮の目を見た。暗いうつろな目。ふたりは部屋に入り、亮は加波子に抱きつく。そしてあることに加波子はすぐに気づく。
「亮、お酒飲んだ…?」
亮からはアルコールのにおいがした。亮は加波子に持たれかかっている。
「…少し…。」
「少しじゃないでしょ?…誰と飲んでたの?」
「…工場の連中…。」
「こんな時間まで?」
亮は何も答えず布団に加波子を押し倒す。
「亮、聞いてる?」
亮は暗いうつろの目のままだ。次の瞬間、亮は加波子に抱きつき、加波子の耳元で言う。
「加波子…会いたかった…。会いたかった…加波子…。」
亮は普段、加波子の名を軽々しく呼ばない。会いたいなどとも亮は言う人ではない。加波子は怖くなった。
「亮、しっかりして…。」
亮は服を脱ぎだす。そしてまた加波子に抱きつく。
「…加波子…寒い…加波子…。」
加波子は耳を塞ぎたくなる。亮は加波子の体を触り始める。加波子は抵抗するが亮の手は止まらない。加波子の抵抗は無駄だった。
亮はぐったり眠る。加波子は初めて亮の愛のない愛を感じた。亮の恐怖を感じた。同じ布団の中で。
週が明けた。加波子は心待ちにしていた。昼休み、誰もいない会議室。加波子は航に電話をする。事実を確かめるため。
「もしもし、加波子です。」
「おーなんだよ、亮なら今…」
「違うんです。航さんに聞きたいことがあるんです。」
「なんだよ、急に。どうしたんだよ。」
「先週の金曜日、工場のみなさんで飲みに行きましたか?」
「金曜?金曜なんていつもみんなさっさと帰るよ。あいつだって帰ってたぞ。それにうちの工場の連中で飲みに行くなんてことも、まずねぇな。それがどうした。」
「その日、亮がお酒を飲んで帰ってきたんです、夜明け前に。少しだけ、工場の人達とって…。」
「…あいつが酒を?」
「はい…。」
航も驚いていた。
「人が変わったかのようで、すごく怖くて…。航さん、何か知りませんか?」
「いや、俺は何も…。」
航は亮を見る。その亮はいつもと変わらない。
「何も変わったように見えねぇけどな…。あんた…あいつのこと見張っといたほうがいいんじゃねぇか?」
加波子は航の顔が曇ったのがわかった。
「何か気づいたことがあれば連絡する。」
「はい、ありがとうございます…。」
それからの亮はいつも通りの亮だった。亮の部屋では、亮がコーヒーを入れ、ふたりで温まる。加波子の部屋では、ご飯を食べ、笑い合い、愛し合う。愛のある愛を。亮の笑顔、亮のらしさ。変わったことはひとつもなかった。
平日、夜。加波子はベッドの上。加波子の電話が鳴る。航からだ。怖くなる加波子。でも出ない訳にはいかない。
「もしもし。」
「おい、あんた昨日、亮と会ったか?」
「いえ、会ってないです。何かあったんですか?」
「あいつ今朝、ひどい二日酔いのまま出勤してきて、さすがに社長もキレてすぐに帰らされてたよ。」
「じゃあ、昨日も…。」
悪い報告の電話だった。不安と恐怖が加波子を襲う。
「あいつが一人で飲んでるとは思えない。何かあって誰かと会って…。」
「何って、誰かって、何なんですか…?」
「いや、わかんねぇけど…。最近あいつに変わったことはなかったか?」
「…いえ、何も…。」
「…あんたのことだから、無茶はするなよ。それから警戒しろ。」
「警戒って、大袈裟じゃないですか?」
「用心しろってことだよ。今のこの状態で、いつ何が起きるかなんてわかんねぇだろ。」
その言葉に加波子は胸を打たれた。今のこの生活が、当たり前ではないことに気がつく。平和ボケにどっぷり浸かり過ぎていた。自己嫌悪。浅はかだった。
「何かあってからじゃ遅い。あんたは自分の身の安全を第一に考えるんだ。余計なことはするな。いいな。また何かあったら連絡する。」
加波子はベッドに倒れこみ、うずくまる。恐怖が襲ってくる。誰にもどうにもできない恐怖。加波子は恐怖と戦う。
翌日、加波子はスマホのショップに来ていた。なるべく小さく目立たないスマホであれば何でもよかった。選び、契約し、購入した。アパートに帰り、初期設定、その他諸々の設定を完璧にし、クローゼットにしまう。
週末、亮が加波子の部屋に来る。いつもの亮だ。安心も心配もする加波子。亮の笑顔が加波子の胸を苦しくさせた。
亮がシャワーを浴びている間、加波子はクローゼットにしまってあったスマホを、亮のダウンジャケットの内ポケットにしまった。何事もありませんようにと願う加波子。何かあったらどうしようと懸念する加波子。加波子は自分自身とも戦っていた。
亮がシャワーから戻ってくる。床に座っている加波子は亮を見上げ、とろんとした目で見つめる。
「どうした?」
加波子の前にしゃがむ亮。何も言わず加波子は亮に抱きつく。
「どうしたんだよ。」
「なんでもない。ちょっとこうしてたい。」
「世話の焼ける子供だな、お前は。」
そう言い亮は加波子の前に座り込み、亮はやさしく加波子を包んだ。