愛プチ
自分の鼓膜に響くのは、ザーッと傘にぶつかる雨の音と、柔らかい心音。

なにこれ。
どうなってるの今。
なんで抱きしめられてるの?!
何!?
夢?!夢かこれは?!
舌を噛んでみるがしっかり痛い。

「あの・・えっと・・。」

「帰るぞ。また風邪ひくだろ。」

何事もなかったかのように私の体をぱっと離して美月君は歩きだした。

なんだったんだ今の・・しかも傘持ってきてくれたくせにめちゃくちゃ雨の中置き去りにするじゃん・・めちゃくちゃ早歩きじゃん・・。
それよりもまずなんで傘持ってきたくせに一本しか持ってないんだ・・。

さっきのハグの手前、相合傘は気まずいがせっかく来てくれたんだし。

すっと美月君の横に入ることに成功した。
何も言ってこないところがまたなんだか絶妙に気まずいな。

「帰ったら前みたいにホットミルク作って下さいよ。ゲームとことん付き合いますから。」
進藤さんに振られた事はもう切り替えよう。
何もない。何もなかったんだ。

気まずさを紛らわすためにあえて話を振ってみる。

今、私はちゃんと笑えているだろうか。
声が少しかすれてしまった。

「ちゃんとシャワー浴びたらな。
あと、横で泣かれるのうざいからゲームは泣き終わってから。」
ハンカチを持っていないのか、ポケットに雑につっこんでいたであろう絶妙に水を吸いそうなミニタオルを差し出してくれる。

「別に、泣いてなんか・・。」
笑いながら受け取って顔にタオルを押し当てた瞬間嗚咽が止まらなくなった。

本当はたまらなく悔しくて苦しい。
惨めで、悲しい。
なかった事になんかできない。
何も言い返せなかった自分も情けない。
何度同じことを繰り返せばいいんだろう。
この先誰にも私の素顔を好きになってもらえないかもしれない漠然とした恐怖に胸が締め付けられる。
進藤さんがすぐ忘れられるといった言葉を、私は多分一生忘れられないかもしれない。なかったことにできるって、なんで?
頭に浮かぶ数々のなんでが、雨音にかき消され、タオルにただただ涙がにじむ。

嗚咽で体が震える。
声を我慢できない。
涙も、感情も。

止まっていた思考も追い付いていなかった感情も、美月君のハグで、爆発した。
大丈夫だよと言ってくれているような優しい暖かさに一瞬逃げてしまった。


家に着くまでひたすら泣き続ける私に、美月君はただだまって傘をさし続けてくれた。ずっと右肩をぬらしながら。
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