23時41分6秒
男性は紙ナプキンを取り、私に差し出した。
まだ左手の甲の傷口から血が出ていた。
軽く頭を下げて、紙ナプキンを再び傷口に当てる。


「数日後、彼は死んだ」


紙ナプキンにじわっと血が滲んでいく。


「今日みたいな飛雨の日のことだった。
私は彼に何もしてやれなかった。
死んで十数年経つが、未だにどんな言葉をかけてやればいいのかわからない。
君なら、どんな言葉をかけるかい?」


「…言葉が見つかりません。
今までまっすぐに生きてきたご友人の、裏切られた時の悲しみを想像するだけで、胸が張り裂けそうな気持ちです。
お客さんのように、今もご友人のことを大切に思っている存在がいる。
それだけでも、ご友人は救われるのかもしれません」


新しいコーヒーを男性の前にそっと置いた。


「…お客さんの気持ち、よく分かります。
私も似たような経験がありますから…」


男性は驚いた表情で私を見つめていた。


「…君も若いのにいろいろと
苦労したんだね」


そう言って新しいコーヒーを
飲み干した。


「…この後、食事でもどうかな?
ご馳走するよ。
次は君の話を聞かせてくれないかい?」


「是非。閉店まであと20分ほど
 お待ちいただけますか?」


この後は特に予定もなく、
暇だから誘いを受けた。
正直乗り気ではないし、自分の話を
するつもりもない。

閉店準備を終えて、私と男性は
一緒にカフェをでた。
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