その人は俺の・・・

「……嬉しかった」

「ん?」

「追いかけて来てくれたこと。本当よ?人混みの中、人に名前を呼ばれて振り返るなんて、ないもの」

「あ、愛生さんて、まずかった?」

「…ううん。誰も、私のことなんて知らない。私が誰かなんて誰も知らないもの…」

俺は無意識に引き寄せ抱きしめていた。

「…あ」

「誰が知らなくても、愛生さんのことは俺が知ってる」

「…うん、…有り難う。……今の凄い自然だった。ドキドキしちゃった。…凄い」

…。

「…時間外だから、報酬、高いですよ?」

そんな風に言うつもりもなかったのに、言ってしまった。

「…え?そうね。あ、やっぱり、上手くドキドキさせると高いのね?」

「報酬のことは冗談ですよ」

……あまりに、あなたの言うことが寂し過ぎたからだ。なんて言ったらどんな反応をするだろうか。恋は別として、この人は大人だ。余計、複雑に寂しくさせてしまうだろう。

「食べ歩き、恥ずかしくない?わざわざ一つのを半分にして食べるんですよ?仲良くね」

「恥ずかしくない。むしろ、半分に望んでしてみたい」

「ハハハ、それは良かった。…では、人目も気にせず、いい大人が痛いことをしましょうか」

「はい」

手を繋ぎ直した。

「……温かい。凄く…、手を繋ぐっていいことね」

「…そうですね」

俺はまたポケットに繋いだ手を入れた。ギュッと握った。
< 26 / 54 >

この作品をシェア

pagetop