その人は俺の・・・
「……嬉しかった」
「ん?」
「追いかけて来てくれたこと。本当よ?人混みの中、人に名前を呼ばれて振り返るなんて、ないもの」
「あ、愛生さんて、まずかった?」
「…ううん。誰も、私のことなんて知らない。私が誰かなんて誰も知らないもの…」
俺は無意識に引き寄せ抱きしめていた。
「…あ」
「誰が知らなくても、愛生さんのことは俺が知ってる」
「…うん、…有り難う。……今の凄い自然だった。ドキドキしちゃった。…凄い」
…。
「…時間外だから、報酬、高いですよ?」
そんな風に言うつもりもなかったのに、言ってしまった。
「…え?そうね。あ、やっぱり、上手くドキドキさせると高いのね?」
「報酬のことは冗談ですよ」
……あまりに、あなたの言うことが寂し過ぎたからだ。なんて言ったらどんな反応をするだろうか。恋は別として、この人は大人だ。余計、複雑に寂しくさせてしまうだろう。
「食べ歩き、恥ずかしくない?わざわざ一つのを半分にして食べるんですよ?仲良くね」
「恥ずかしくない。むしろ、半分に望んでしてみたい」
「ハハハ、それは良かった。…では、人目も気にせず、いい大人が痛いことをしましょうか」
「はい」
手を繋ぎ直した。
「……温かい。凄く…、手を繋ぐっていいことね」
「…そうですね」
俺はまたポケットに繋いだ手を入れた。ギュッと握った。