その人は俺の・・・

「樹君!……あっ、…狡い」

「え?狡い?そっちこそ、なんで?ハハハ、…お揃い?」

「これ、お揃いっていうの?」

カジュアルなワンピースにロングカーディガンを着て現れた愛生さんは今日は眼鏡をしていた。そして、何を隠そう俺も今日は眼鏡だ。

「ちょっとコンタクトが辛くて。それは嘘で、時間がなくて慌てて来たんです」

眼鏡を少し動かして見せた。

「フフ、私は……私も同じ。慌てちゃって…眼鏡をしたまま家事をしてたら、うっかりしちゃって、…着替えを済ませて…お化粧したのに、また眼鏡かけちゃって、あって思ったらもう時間がおしてて」

いつも思うけど、愛生さんはどこの場所を指定してもちゃんと遅れずに来れる。電車やバスだってちゃんと乗れるんだと思った。…いや、いつもだけど、馬鹿にしてる訳ではない。奥様ぼけというか、何もできない人ではないんだなと毎回思うからだ。

「え?おかしい?似合ってない?」

あ。

「そんなんじゃないです…普段使ってる物でしょ?よく似合ってますよ。あ、カレー、話はとぶんですけど、スープカレーとか好きですか?」

先に聞いておこう。ん?きょとんとしてるのかな…。あー、予定が変わったのかと思ったかな?

「あのですね、匂いとか大丈夫なら、帰り…ランチの時間に間に合うように、えっと、そこ、そこのお店でカレーを食べて帰りましょう。と、思って。だから、あまり本に没頭しないでくださいね?」

指を指す方を見ると、直ぐ近くにカレー屋さんが見えていた。あそこね。今日はちょっとだけ、図書館以外のプラス、プランを考えてくれてたのかな。

「…スープカレー」

「あ、駄目だった?」

参ったな。いいかなと思ったけど。やっぱ匂いが気になるかな。じゃあ、他には…。和食屋さんもあったけどちょっと歩くな。チェーン店は?いや、それはどうなんだ…。

「ううん。駄目じゃなくて、恥ずかしいけど初めてなの。…あまり辛くない?」

「それは大丈夫です。じゃあ、カレーでいい?」

カレーは食べたことあるよな。スープカレーの店も経験がないんだ。まあ、行かない人は行かないけど…。

「うん、楽しみ」

「じゃあ、その前にメインは図書館デートですからね」

「フフフ、はい」

眼鏡をかけてきたのはコンタクトが本当に入れられなかったから。樹君に会うって思ったらドキドキし始めて、嘘みたいに指もドキドキして震えちゃって。何度チャレンジしても駄目だった。時間も無くなったし保険で眼鏡をかけてきた。裸眼では失敗すると恥ずかしいから。…こんなことってあるんだって思った。
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