その人は俺の・・・
「愛生さん」
…。
「愛生さん?」
「…あ、ごめん、なに?」
あ、中に入ったんだった。
「何って、なに読みます?」
あ、そうだった。本、何にしようかな。
「俺は…取り敢えず綺麗な景色の本を探して見ます」
「世界遺産的な?」
「そう、そんな感じの。ひと括りにされてるとどの本を見てもみんな似たような物しか見れなくなっちゃうから、違う題材の物で…何冊か…」
棚を探して歩いた。…放課後の学校の図書室を思い出した。随分昔のことになった……懐かしい。本、特有の…独特の香りだ…。
「じゃあ、私は…」
同じ物を一緒に見るのもいいかも。
「樹君が持ってきた物、私も見る、駄目?」
「…あ、でも。じゃあ、図鑑とか一応持って来てたら?花とか、宇宙とか?あ、図鑑、……こっち」
「あ、それ!いいかも、花。花よ、ね?」
「シーッ。んん。…あ、花、ね」
「そう、花。フフフ、有り難う。先生、さすがです」
「あ゙……だから…、こんなところで先生は本当駄目ですって。誤解のもと。…インチキ先生がバレたら面倒臭いですから。ほら、探しますよ?」
「はい、先生」
「こら…」
軽く拳を握って頭に置かれた。…あ。こんなこと…。フフ、楽しい。…はぁ、ずっと心が弾んでる。恥ずかしいことも忘れてはしゃいじゃって……馬鹿ね。
「俺、もう探して来ましたよ」
「え、早い…」
「ボーッとしてるからですよ」
「うん、……ボーッとしてた」
爽やかなあなたがすることにボーッとしてたの。
…不思議ね。素性なんて知らないに等しいのに。嫌な感じがしなかった。私が図々しいのよね。同じ部屋に住んでいた私、今居る樹君。同士って繋がりを勝手に感じて、親近感を持ったのかも知れない。
そうじゃなかったら、誰だかよく知らない人と一緒に居ることすらありえない。それが…我が儘をきいてもらって、こんなドキドキまでもらって。
「はい、これ。取り敢えず花の図鑑です」
「あ、ごめん、有り難う」
「あっちの端、座りましょう、控えめにね?……本気で勉強に励んでる人の邪魔にならないようにしないと。…俺らとは違いますから」
「あ、…うん、そうね」
探してもらった図鑑を大事に抱えて、先に歩く樹君の後をドキドキしながらついて行った。背が高い。背中も大きいのね。本気の勉強……不純な勉強…。
……こんな…心情がもし外に洩れていたら…、ちょっと浮かれたおかしいおばさんかしらね。