恋はオーロラの 下で
なんてラッキーなのだろう。
一人では決して歩けないルートだ。
洗面台の鏡を見ながら髪を結びなおして再び帽子をかぶった。
今日来て良かったと今からそう思えるほど
ワクワクとドキドキで興奮した。
「土屋ゆり香と申します。」
「海老原仁。よろしく。」
お互いグローブをはめた手で握手を交わした。
ルートは途中の山腹からリフトを使わずにふもとまでの直行となる。
細い山道をひたすら歩いて下るのに2時間はかかる。
初めての難関ルートで目に映る周囲の景色と吸い込む空気まで違うと思えた。
実際は景色も空気も登りの吊り橋ルートとそんなに違いはない。
「距離があるだけで、沢より楽だ。」
「はい、そうですね。」
しかしながら、この登山道は私には未知なものであり
かなり石や岩が多く
階段もくねくねと曲がり
手を伸ばせば両側の木々に触れるほど道幅が狭かった。
けもの道に毛が生えたくらいにしか見えない。
本当に登山道なのだろうか。
おまけに山の北側のせいか
木々が密集しているせいか
雲が近づいているせいか
薄暗くてヘッドライトをつけたいくらいだ。
「まずいな。雨の匂いがしてきた。」
「はい。」
「カッパある?」
「はい。」
「すぐにかぶった方がいい。」
海老原さんはリュックからカッパを出した。
私もリュックの底から厚手のカッパの上下を出して広げ
ズボンに足を通してからリュックを背負い
その上から羽織ってボタンをしっかり留めた。
もちろんフードもかぶって
あごの下でひもを絞った。
全身真っ黄色のカッパだ。
「ばっちりです。」
私の素早い動作を見てか
海老原さんは声を立てずに笑った。
彼は全身オレンジ色のカッパだ。
「よし。出発だ。」
「はい。」
いつ降ってきてもいいように早めの対処が難から逃れる術の一つだ。
「聞いてもいいですか?」
私は海老原さんの後ろを歩きながら話しかけた。
「何?」
ガサガサとカッパ姿で歩くと独特の音になる。
「どうしてこのルートに誘っていただけたのでしょうか。」
「土屋さんの装備を見て大丈夫だと思ったから。」
「装備ですか?」
「きちんとした登山のものだ。」
「ありがとうございます。」
「第一、靴を見ればすぐわかることだ。」
「靴ですか?」
「そう、はき慣れているかどうか、汚れ具合で歩いたキャリアがわかる。」
「そうでしたか。海老原さんは登山歴が長そうですね。」
「俺?親父がスキーばかで、よく付き合わされたからね。」
「スキーをされていたのですか?」
「小中高校と、さすがに大学の時は山岳サークルで忙しかったし、親父も歳だし、だんだん行かなくなった。」
「私もスキーが好きでした。」
「もうやらないの?」
「はい、ねん挫してしまい、滑走の恐怖に勝てなくなってしまいました。」
「そりゃ良い決断だ。で登山に?」
「はい。やっぱり山が好きです。」
「俺も好きだな。」
静かな登山道には私たちの足音しか聞こえない。
ポツンと雨の粒が空から落ちてきた。
「降ってきた。」
「はい。」
「ここだけかもしれない。」
「はい。」
かなり冷えてきたというレベルではない。
唇が凍りそうなくらいの冷気が全身を覆い
雨粒はみぞれに変わった。
「今夜あたり初雪かもしれない。」
「そうですね。」
そろそろ山腹のはずだと思い
左手のずっと奥にあるリフトの方角へ目をこらして見たが
木々が深くて全く見えないどころか
リフトの機械音も聞こえなかった。
足元の石に気を配りながら
みぞれが降る中を海老原さんと歩を進めた。
一人では決して歩けないルートだ。
洗面台の鏡を見ながら髪を結びなおして再び帽子をかぶった。
今日来て良かったと今からそう思えるほど
ワクワクとドキドキで興奮した。
「土屋ゆり香と申します。」
「海老原仁。よろしく。」
お互いグローブをはめた手で握手を交わした。
ルートは途中の山腹からリフトを使わずにふもとまでの直行となる。
細い山道をひたすら歩いて下るのに2時間はかかる。
初めての難関ルートで目に映る周囲の景色と吸い込む空気まで違うと思えた。
実際は景色も空気も登りの吊り橋ルートとそんなに違いはない。
「距離があるだけで、沢より楽だ。」
「はい、そうですね。」
しかしながら、この登山道は私には未知なものであり
かなり石や岩が多く
階段もくねくねと曲がり
手を伸ばせば両側の木々に触れるほど道幅が狭かった。
けもの道に毛が生えたくらいにしか見えない。
本当に登山道なのだろうか。
おまけに山の北側のせいか
木々が密集しているせいか
雲が近づいているせいか
薄暗くてヘッドライトをつけたいくらいだ。
「まずいな。雨の匂いがしてきた。」
「はい。」
「カッパある?」
「はい。」
「すぐにかぶった方がいい。」
海老原さんはリュックからカッパを出した。
私もリュックの底から厚手のカッパの上下を出して広げ
ズボンに足を通してからリュックを背負い
その上から羽織ってボタンをしっかり留めた。
もちろんフードもかぶって
あごの下でひもを絞った。
全身真っ黄色のカッパだ。
「ばっちりです。」
私の素早い動作を見てか
海老原さんは声を立てずに笑った。
彼は全身オレンジ色のカッパだ。
「よし。出発だ。」
「はい。」
いつ降ってきてもいいように早めの対処が難から逃れる術の一つだ。
「聞いてもいいですか?」
私は海老原さんの後ろを歩きながら話しかけた。
「何?」
ガサガサとカッパ姿で歩くと独特の音になる。
「どうしてこのルートに誘っていただけたのでしょうか。」
「土屋さんの装備を見て大丈夫だと思ったから。」
「装備ですか?」
「きちんとした登山のものだ。」
「ありがとうございます。」
「第一、靴を見ればすぐわかることだ。」
「靴ですか?」
「そう、はき慣れているかどうか、汚れ具合で歩いたキャリアがわかる。」
「そうでしたか。海老原さんは登山歴が長そうですね。」
「俺?親父がスキーばかで、よく付き合わされたからね。」
「スキーをされていたのですか?」
「小中高校と、さすがに大学の時は山岳サークルで忙しかったし、親父も歳だし、だんだん行かなくなった。」
「私もスキーが好きでした。」
「もうやらないの?」
「はい、ねん挫してしまい、滑走の恐怖に勝てなくなってしまいました。」
「そりゃ良い決断だ。で登山に?」
「はい。やっぱり山が好きです。」
「俺も好きだな。」
静かな登山道には私たちの足音しか聞こえない。
ポツンと雨の粒が空から落ちてきた。
「降ってきた。」
「はい。」
「ここだけかもしれない。」
「はい。」
かなり冷えてきたというレベルではない。
唇が凍りそうなくらいの冷気が全身を覆い
雨粒はみぞれに変わった。
「今夜あたり初雪かもしれない。」
「そうですね。」
そろそろ山腹のはずだと思い
左手のずっと奥にあるリフトの方角へ目をこらして見たが
木々が深くて全く見えないどころか
リフトの機械音も聞こえなかった。
足元の石に気を配りながら
みぞれが降る中を海老原さんと歩を進めた。