恋はオーロラの 下で
「ストップ。」
急に海老原さんが止まった。
「どうされましたか?」
「何か聞こえなかった?」
二人で耳をすませたが
カッパに張り付いたみぞれが地面へ流れる音すら聞き取れそうなほど
周りはしんとしていた。
「いいえ、何も聞こえませんが。」
振り返った海老原さんと目を合わせた。
彼は直射日光で色が変化するサングラスをかけていた。
度付きの大きめな黒縁眼鏡は今は透明に近い。
私はそのレンズ越しに彼の眼をじっと追い
もう一度耳をすませた。
ボソボソした男の声と子供が泣いているような声が微かに聞こえた。
「あっちから聞こえます。」
ひと際大きな樹の方へ指を差した。
「行ってみよう。」
「はい。」
登山道から外れて森林の中へ向かった。
みぞれが小雪となり
はらはらと降り続いた。
しばらく行くと
見上げてもすべて視界に入りきらないほどの枝ぶりに
落葉樹ではない葉でびっしりと覆われた巨木の下に
親子らしき父と子供がうずくまって雪に濡れていた。
「こんな所でどうした?これを使ってください。」
海老原さんは予備のカッパと折りたたみ傘を親に渡し
小学校5,6年生くらいの男児が足を伸ばして座っている前に膝をついて様子を聞いた。
「名前は?」
「克彦。」
「ねん挫か?」
「痛くて歩けない。」
「俺に見せてもらえないか?」
「うん。」
男児の左足首がパンパンに腫れていた。
皮膚は紫色に変色している。
「階段で転んでしまって、さっきビジターセンターに連絡したらレスキューを待つよう言われました。」
父親が心配そうに我が子のそばから離れずに話し出した。
「お父さん、カッパを着てください。」
海老原さんが静かに言った。
「土屋さん、克彦くんに傘を。」
「はい。」
私は男児を雪から守るように傘を差して持った。
「克彦くん、よく聞いてほしい。」
彼は海老原さんと目を合わせた。
「はい。」
「いい返事だ。レスキューが来るまで俺たちもそばにいるから安心して。」
「はい。」
「足首が腫れているのは骨折したからだ。これから応急処置をするからよく見ていて。」
「はい。」
海老原さんはリュックの底からプラスチックの底板を引き抜き
男児の足首に当てて
アスリートが使うような幅広のテーピングで板の上下を巻き留めた。
「こうして折れた骨がこれ以上動かないように固定する。」
「はい。」
「あ、ありがとうございます。」
父親がしきりに礼を言った。
「それから、自分でもわかると思うけど、熱っぽくないか?」
「僕、ちょっと熱があるみたい。」
「それは身体が自己防衛のために発熱してキズから守ろうとするからだよ。」
「はい。」
「痛みが増してくると思うけど、病院に着くまでの辛抱だ。」
「はい。」
「土屋さん、お父さんと登山道へ戻ってレスキューが来たらここに誘導してくれないか?」
「わかりました。お父さん、ここは彼に任せて行きましょう。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
私は差していた傘を海老原さんに渡し
お父さんと登山道へ急いだ。
急に海老原さんが止まった。
「どうされましたか?」
「何か聞こえなかった?」
二人で耳をすませたが
カッパに張り付いたみぞれが地面へ流れる音すら聞き取れそうなほど
周りはしんとしていた。
「いいえ、何も聞こえませんが。」
振り返った海老原さんと目を合わせた。
彼は直射日光で色が変化するサングラスをかけていた。
度付きの大きめな黒縁眼鏡は今は透明に近い。
私はそのレンズ越しに彼の眼をじっと追い
もう一度耳をすませた。
ボソボソした男の声と子供が泣いているような声が微かに聞こえた。
「あっちから聞こえます。」
ひと際大きな樹の方へ指を差した。
「行ってみよう。」
「はい。」
登山道から外れて森林の中へ向かった。
みぞれが小雪となり
はらはらと降り続いた。
しばらく行くと
見上げてもすべて視界に入りきらないほどの枝ぶりに
落葉樹ではない葉でびっしりと覆われた巨木の下に
親子らしき父と子供がうずくまって雪に濡れていた。
「こんな所でどうした?これを使ってください。」
海老原さんは予備のカッパと折りたたみ傘を親に渡し
小学校5,6年生くらいの男児が足を伸ばして座っている前に膝をついて様子を聞いた。
「名前は?」
「克彦。」
「ねん挫か?」
「痛くて歩けない。」
「俺に見せてもらえないか?」
「うん。」
男児の左足首がパンパンに腫れていた。
皮膚は紫色に変色している。
「階段で転んでしまって、さっきビジターセンターに連絡したらレスキューを待つよう言われました。」
父親が心配そうに我が子のそばから離れずに話し出した。
「お父さん、カッパを着てください。」
海老原さんが静かに言った。
「土屋さん、克彦くんに傘を。」
「はい。」
私は男児を雪から守るように傘を差して持った。
「克彦くん、よく聞いてほしい。」
彼は海老原さんと目を合わせた。
「はい。」
「いい返事だ。レスキューが来るまで俺たちもそばにいるから安心して。」
「はい。」
「足首が腫れているのは骨折したからだ。これから応急処置をするからよく見ていて。」
「はい。」
海老原さんはリュックの底からプラスチックの底板を引き抜き
男児の足首に当てて
アスリートが使うような幅広のテーピングで板の上下を巻き留めた。
「こうして折れた骨がこれ以上動かないように固定する。」
「はい。」
「あ、ありがとうございます。」
父親がしきりに礼を言った。
「それから、自分でもわかると思うけど、熱っぽくないか?」
「僕、ちょっと熱があるみたい。」
「それは身体が自己防衛のために発熱してキズから守ろうとするからだよ。」
「はい。」
「痛みが増してくると思うけど、病院に着くまでの辛抱だ。」
「はい。」
「土屋さん、お父さんと登山道へ戻ってレスキューが来たらここに誘導してくれないか?」
「わかりました。お父さん、ここは彼に任せて行きましょう。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
私は差していた傘を海老原さんに渡し
お父さんと登山道へ急いだ。