恋はオーロラの 下で
俺は骨折している男児の横に座り傘を持った。

小雪はやみそうにない。

「俺は海老原仁。」

「僕は小川克彦です。」

「お父さんとはよく山に来るのかい?」

「今日初めて来ました。合格祈願に登ったんです。」

「受験か。」

「はい。でももう無理かも。」

目に涙を浮かべてしきりに何かを考えている様子だ。

「克彦くん、この時期に骨折はつらい。俺もそうだった。」

「えっ?」

俺は自分の体験した過去を話そうと決めた。

「高2の冬に親父とスキーに行ったんだ。運悪くゲレンデでスノーボーダーと激突して右足を骨折してしまった。」

「僕と同じだね。」

「うん、同じだ。」

「それでどうしたの?大学受験は高3でしょ?」

「俺の場合、骨折といっても膝から下を全部もっていかれたんだ。」

「えっ?どういうこと?」

「触ってみるか?」

彼は俺の右足のちょうどふくらはぎと思われる部分に手を伸ばしてギョッとした。

「足がない。」

「義足といって本当の足の代わりに金属でできたものを装着しているんだ。」

「義足?」

「俺の第二の足だ。」

「第二の足?」

「そう。」

「痛くないの?」

「そりゃ最初はひどかった。地獄にいるような痛みを味わった。それはキズの痛みだけでなく心の痛みも含まれる。まず親父を憎んだ。次に死ぬほど泣いた。誰にも言うなよ。」

「うん。」

彼は真面目にうなずいた。

「そして荒れまくった。最後はこの足で生きて行こうと覚悟を決めた。」

「うん。」

「克彦くんはそんな俺をどう思う?可哀そうだと思うかい?」

「ううん、すごいと思う。僕には無理だ。そんなに強くないし。」

「人間は苦しむことで強くなれるんだ。俺もどうしようもないほど弱かった。」

「でも僕、包帯ぐるぐる巻きで受験なんて無理だ。絶対落ちる。」

「今はそう思って当然だよ。最悪な状況にいるんだから。そうだろ?」

「そうかもしれない。」

「友達皆に可哀そうだと思われる。と同時にライバルが一人減ったとも思われる。」

「うん。」

「そういったすべてを自分でわかっていて骨折で苦しみながら、避けて通れない受験を経験することになる。そうだろ?」

「うん。」

「苦しい、つらい、痛い、悲しい、どうして自分だけがと来る日も来る日も同じ思いだ。」

「そうだと思う。」

「それでも必ず受験日がやって来るし、受験が終わる日がやって来る。」

「うん。」

「何もせず悲しんでばかりでも月日は過ぎ去ってしまうものだと思う。」

「うん。」

「克彦くん、頑張らなくていいんだ。ただ、ただ自分ができることだけをやればいい。」

「うん。」

「今、この時点で、もうこんなに苦しんでいる。そうだろ?」

「うん。」

彼は涙で顔をくしゃくしゃにして俺に必死で返事をした。

「良かったら俺にメールをくれないか?いつでもいい。」

メモしたアドレスを彼の手に握らせた。

「うん、メールする。僕、勝ちたい。」

「よし。いい返事だ。」

下方からヘッドライトの光が複数近づいてきた。

「レスキューだ。克彦くん、来たぞ。」

「うん。」

両手で涙を拭いて父親を呼んだ。

「パパ、パパ。」

「克彦、病院へ行こう。」

「うん。」

担架に乗せられて防護カバーのジッパーが閉じられた。

顔の部分だけ小さく開けたまま

そこから俺に手を振った。

「ありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいか。」

父親が俺に近づいて言った。

「お父さん、彼は充分苦しんでいます。今日以降受験が終わるまで頑張れと応援しないでください。ただ見守り、ただそうだねと共感し、彼のキズの痛みと心の痛みを分かち合ってあげてください。それこそが彼が心から求めているものだからです。応援や激励は彼を今以上に追い込んでしまいます。」

「わかりました。必ずそうします。約束します。」

レスキュー隊が出発するのを俺は土屋さんと見送った。


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