恋はオーロラの 下で
待ち遠しい季節がやってきた。

都会の春は早いが、山の春はどうしようもなく遅い。

登りたいというウズウズとした気持ちは抑えがたく

その思いはすべてトレーニングに向けた。

スリーシーズンは可能な限り週末をトレッキングに当てたいため

普段のクリニック勤めに支障がないレベルまでの体力維持を目標としている。

それはかなりシビアで孤独で

山オタクと今日子に言われて当然であった。

まだ雪が残る4月に登頂するにはある程度の筋力がないと無謀だ。

ケガを負いたくないし

下山に疲れを引きずりたくないし

そのために欠勤は論外である。

スプリング・トレッキング・フェスタは毎年GWに開催される。

山が人間で埋め尽くされる前に

つまりにぎやかになる前に

まだ冬の名残りをはっきりと感じられる時期に

寂しいトレッキングといったら変な言い方になるかもしれないが

余りにも多くの人の姿を避けての山歩きを楽しみたいという我がままな希望を持っていた。

装備はポールの付属品を冬山用のピックに替え

雪の斜面にも対応できるよう靴に取付ける金属製の重いアイゼンが必須となる。

背負うリュックは10キロを超えないが

バンドが食い込む肩には相当な負担だ。

私は男に生まれたかった。

女は山に向かないと両親には散々言われてきた。

登山は男がやるものだとか

岩山に登って何が楽しいのかとか

そんなひどい言葉から逃げるように実家を出て数年になる。

私だけでなく人は誰にも言えないような何かを一つや二つ持っていると思う。

今の私は親に隠れてコソコソと登山を続けていると言えた。

山の素晴らしさを伝えて親にわかってもらえるように説得するといった姿勢が持てなかった。

そのことが自分の欠点であると同時に

心の奥に引っかかっているのは事実だ。

理解してもらえなくても自分の言葉で話すべきだった。

もっとずっと後になってそれが心残りになるだろうこともわかっているつもりだ。

そう思っていてもいまだにできないことであった。

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