懐妊初夜~一途な社長は求愛の手を緩めない~

 そう言って匂宮のお嬢さまはそそくさとソファから立ち上がり、「ごちそうさまでした」と会釈をして社長室を後にされた。
 私は急いでその後を追ってエレベーターホールまでお見送りし、エレベーターの扉が閉まるまで頭を下げた後、ひと息ついて社長室に戻る。

 すると社長のデスクに、さっきまではいなかった人の姿が。

「やっと帰ったか」

 上等な革張りの社長椅子の肘掛けに体重をかけて頬杖を突き、長い脚を組んで我が物顔でそこにいる。
 凛々しい眉に涼やかな目もと。高すぎず低すぎない均整のとれた鼻梁に、閉じると自然と口角の上がる感じのいい唇。

『名久井ホールディングス』の若社長、名久井鷹哉(たかなり)

 彼が私のマスターで、私は彼の秘書としてここに勤めて三年になる。

「……〝やっと帰ったか〟じゃないですよ。いっつも私に芝居を打たせて。せっかくお越しになったんですから少しくらいお話しして差し上げればいいのに」

 私がため息をつきながらティーセットを片付け始めると、名久井社長は首を回してコキコキ鳴らしながら、面倒くさそうに言う。

「冗談じゃない。匂宮のご令嬢といえどアポなしで来るほうが非常識だろう。しかも受付は空気を読めずに通してしまうし……」
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