俺の愛したこじらせ女
世界で一番大切な女性との同棲生活が始まった。
俺は37歳、適当、能天気、拘りなし、の楽天家。
仕事はそこそこ有名な映像関連の制作会社に勤務。
素行悪し、勤怠悪し、能力そこそこ優秀、といった所謂不良社員だ。
新規プロジェクトの発足に伴い新進気鋭の猛者どもと集まったのだが
未だ上記を理由に俺だけ契約社員。
まあ、どうでも良い。
帰属意識など皆無!
ただ面白いもんを制作して、世界を熱狂させたいだけだ!
会社員?コンプラ?うるせーばーか、クタバレカス!

いっぽう彼女はというと、
几帳面、完璧でありたい主義、頑張りすぎ屋さん、実は根暗な29歳。
都内一等地で医療機器メーカーに勤務。
業績優秀、勤怠優秀、間違っていることがあれば
上司だろうと重役だろうと噛み付く。
いわゆるバリバリのキャリアウーマンというやつだ。

俺は放蕩な長男、彼女は生真面目で面倒見の良い長女。
どこまでも繊細な彼女と、
どこまでも図太い俺だから相性が良いのだろう。

過去のことなどどうでもいい。
大事なのは生きている今と、それを明日に繋げる今、
そしてそれらが繋がった未来だ。
故に俺達の馴れ初めなどどうでもいい。
今からの話を綴ってゆこう。

それともう二匹。 
彼女が猫好きということもあり猫を飼った。
保護猫というやつだ。
俺はギリシアの神話に出てくるような
屈強な名前を付けたかったのだが、
三毛猫のそれはミケ、黒猫のそれはクロ、
と彼女が勝手に付けていた。

かくして俺達二人と二匹の新生活が始まったのである。

【役割分担】
『好きこそ物の上手なれ』とは良く言ったものだ。
彼女はとにかく掃除、洗濯、が好きというか拘りが凄い。
俺は一人暮らしの時から
ずっと家具も家電も殆どない部屋で暮らしていたので
拘り等皆無!故に掃除、洗濯は彼女担当。

まあ、俺がやったところで怒られそうだし
んじゃあ俺は何も出来ないのかって? 
そんなことはない。
少ない友人に揶揄される俺の無駄な能力『料理が美味い』。
基本自炊をしていたし、
少ない友人を良く自宅に招いては手料理を振舞っていた。
とはいえ、俺は意識低い系おじさんなので、料理の腕前は口外しない。
「僕、趣味料理なんです」などと口が裂けても小っ恥ずかしくて言えない。
そもそも男のクセにそんなことで
異性の気を惹こうなどという気概が知れない。
話は長くなったが、俺の担当は炊事と食器などの洗い物、
そしてキッチン周りの掃除や片付けだ。

猫担当は彼女がやりたいと煩いので任せることにした。
餌をくれる人間に心を許す、という猫の習性を逆手に取り、
猫に好かれまくりたいのだろうが、そう上手くはいくかな?


【猫サンバ】
ある朝、すずさんが朝から床をじっと見つめていた。

「おはよう、どうした?」
「…ん?おはよう…ああ、気になる」
「何が?」
「…毛」
「毛?」
「そう、猫の毛!」

仕方ねぇだろぉ、猫飼ったんだから!
うるせーなぁ朝っぱらから、と思いつつ…

「すずさん、ほらあれ、サンバ」
「あ…ルンバ!?」
「そうそうそれ!あれでサンバしときゃあいいんじゃね?」
「そっか、そうだね!じゃあセットしておいてね。
 よろしく!いってきまーす!」
「気をつけていってらっしゃーい! 
 …ってチューもハグも無しかよ」 

基本彼女は朝早く、朝飯は軽食で済ませ出社。
俺はダラダラと遅く、筋トレをし、
プロテインとシナモンパウダー入りのヨーグルトを決まって摂る。

一段落し、そして俺は気付く。

「あ、これの使い方わかんねぇ…」

しかしどこまでも楽天家な俺は
 
「まあ、適当にボタン押しときゃあいいのかな?」

と、取り敢えず自動掃除機を雰囲気で設定し出社。

昼時。
毎度のことだが俺は昼休憩を取らず、
昼飯を貪りながら業務に集中。 
食事の内容は玄米の味噌おにぎりと
ビニール袋に放り込んだ、茹でた鶏胸肉と茹で玉子、
そしてトマトジュース。

何、区切りのいいところで毎度適当にさぼっている。 
ルールが嫌いなダメな大人というだけだ。
そんな俺でも昼すぎにはすずさんへメールを送る。

「すずさんお疲れ様!昼飯何食った?午後も頑張りすぎんなよ~」

といった、ごくありふれた内容のものだ。
すずさんは社内でも人気者だし、
基本同僚とランチを楽しんでいるので俺への返事はたまにあるくらい。
それでも別に構わない。 
こっちが好きで送っているのだから
「何で返事がねぇんだ?」などと一切感じないし、
彼女には彼女の時間がある訳で、飽く迄それらを尊重したいのだ。

夕方。
すずさん帰宅頃の時間、俺にメールが送られてきた。
何だ、今日の晩飯の話かな?と思いながらメールを読むと、

「ねぇあなた、なにやってんの?」

…冷汗三斗。
うわぁ、うわぁ、すずさん怒ってるよ!
何だよ急に!いいじゃんどうでも!
怒んなよぉめんどくせぇなぁ!

「姫、何かございましたかな?」


無視!無視だよぉ…勘弁してくれよぉ…。 
無視、これが一番怖い…。
仕事が出来る要領の良い俺は業務に区切りをつけ、すぐさま帰宅!
こういった不測の事態に備え、
裁量労働制という実にグレーな環境で
良い塩梅に業務をこなしているのだ!

一呼吸入れ、恐る恐る…

「…た、ただいまー…」

うわー!すずさんソファーでふんぞり返ってビールを飲んでるよぉ!
 
「…おかえり」 

すずさん、精一杯の相槌! 
まあ、ここは嬉しいし、可愛い。
つ、つーか何かすげぇ部屋が散らかってる…

「…何か粗相ございました?」

俺は精いっぱい声を振り絞ったが、
わかってる、ああ、わかっている!どうせあの自動掃除機だろう!

「…あなたさぁ、頼んだのはあたしだけどね、
 やるって言ったのはあなたじゃない。」
「…はい」
「じゃあ責任もってやりなさいよ!
 何で疲れて帰って来て家出る前よりも散らかってるのよ!」
「…で、ですよねぇ~」

…説明しよう。
猫である。 
あの自動掃除機が奴らのこれとない玩具、仇敵となり、
憐れかっこうの餌食となったのだ。
壊されてはいないが、二匹がロボットの進む先を止め、
乗り、ひっくり返し、とやりたい放題。
更に奴らはヒートアップし、部屋を飛び回り、荒らし放題…と、
まあ見るも無残な部屋に成り果てたのであった。

…あれ?つーか俺?猫じゃね?…え、俺?

と感じたが、
基本俺は私生活において怒ることは一切無い。 
それは実に虚しく実りの無い行動だからだ。

「まあ、猫が暴れたとはいえ、ゴメンな。
 あれ、タイマーセットとか色々できたんだっけ?
 とりあえず俺片付けるからさ。」 

黙々と散らかったゴミを片づける俺、
そしてまたその姿にじゃれてくる猫二匹!

「ニャー!!!」

…くっ、元はと言えば手前ぇらが…!
そんな俺と猫たちの姿が面白かったのか、
すずさんも笑顔を取り戻し、機嫌を直してくれた。

「ねぇ、ありがと。お腹空いた。」
「…あいよ、ごめんな。次からは気をつける。」
「ううん、これからはあたしがセットしてくから。」

この俺達のやり取りを見て、
大概の人間がこう感じたのでは無いだろうか。
俺が彼女の走狗だと、都合の良い男だと。 
…笑止!

ただ世界で一番大切な人を幸せにする。 
それこそが自分自身にとっての最高の幸せなのだ!

拝金主義の物質社会において、
俺は逆に問いたい「生きてて楽しいか?」と。

俺はこのチョットこじらせた女と猫たちと居て、
この上なく楽しいし、嬉しい。
それを誰にも理解されなくたって構わない!

誰に迷惑かけているわけでも、
人の道に外れているわけでも、
法に触れたりすることも何一つない!

そう、これは俺達二人だけの世界(あ、あと猫二匹)。

俺は人徳者じゃない。
だからはっきりと言える。 

「こいつさえ守れれば世界なんてどうなっても良い!」

放蕩な人生を送ってきた俺にとって、
もう愛とか恋とか、そんな無理やり美しく言葉にしただけの
曖昧な意識もどうだっていい。
ただ、こいつと笑っていたいだけだ。 
世界で一番大切なこいつを、守っていたいだけなんだ。

うん、今日も世界は残酷と悲壮に満ち溢れているけど、
俺達二人と二匹の世界は幸せいっぱいです。

すずさん、これからも宜しくね。あ、あと猫二匹か。
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