禁猟区のアリス


「わたし以外の、誰か?」


「いいや違う。アリス以外の誰か、さ。アリスじゃなくなった時、君が何になるのか、僕にはさっぱりわからない」

ウサギはそう言って肩をすくめた。


「わからないなんてキレイゴト。本当は興味がないんでしょう」

青いリボンを揺らした黒猫が、意地悪げに言う。失礼な!とウサギが憤慨した。

「アリスがアリスでいる間、僕の興味はアリスだけだ」


誰かがわたしに興味を向ける時、それはいつも哀れみの目だ。その目は、可哀想とわたしに語る。

でも、それだけ。

次の瞬間には何もなかったように、彼らの日常へ戻っていく。わたしを助けてくれる人なんて、誰もいない。

それが、当たり前。

スーツを着た知らないおじさんがカテイホウモンに来た日は、いつも、ママの機嫌が悪くなる。でも。


ママハイツモヤサシイヨ。魔法の呪文を唱えれば、それで終わり。

お腹が空いても我慢するのがママとのお約束。どんなに寒くても、ママのオトモダチが来ている時は、家の中に入れてもらえないのもママとのお約束。

お約束を破ったら……。


カフェ…カメリア、だったかな。店内は暖かいのに、足下からぞわりと寒さが上ってきた。


「紅茶、飲まないの?」と、ウサギが言う。

体よりサイズの大きい真っ白なパーカーは、何度そでをまくり上げてもずるずると細い腕から滑り落ち、そのたびにウサギは袖をまくった。


紅茶はまだ温かそうに、湯気がたっている。

指先までがもう氷のように冷たい。それでもわたしは、カップを手に取ることができなかった。


「君は死んだんだよ、アリス」

くるくるとホットミルクをかき混ぜながら、何でもないことのようにウサギが言った。
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